18
オーディション当日。事件が起きた。朝起きたら上田さんが居なくなっていたのだ。
原因は分からない。昨夜、上田さんに変わった様子は特になかったと思う。僕は寝る前に普通に上田さんと会話をした。会話の内容は映画の話だ。
映画『ウルフオブウォールストリート』のディカプリオの演技について話が盛り上がった。同じ台本を与えられて、ディカプリオの様な演技を生み出すにはどうすればいいかというような話だ。急に居なくなる原因になる会話じゃなかった。
けど上田さんは居ない。クローゼットも、一階も、別の部屋も、トイレも、浴室にも居ない。そもそも取り憑いている時は僕の傍から離れられないと言っていたから、僕の周りを少し見渡せばわざわざ別の部屋を探さなくても居ないというのは分かる。僕の傍を離れられないというのが間違いだったのか? 離れられる様になったのだろうか? 何かの拍子に自由に移動出来る様になって、その辺を散歩しているのだろうか? それだったらどんなにいいだろう。
一番合理的に考えられるのは、成仏したという事だろう。こんなに急に居なくなるなんて酷い不意打ちだ。この数週間、上田さんが居るのが当たり前の日常だった。まだまだ語りたい事が沢山あったし、知りたい事も一杯あった。
上田さんが成仏したとしたら、それは喜ぶべき事なのに、僕の気持ちは晴れなかった。上田さんに「おはよう」と言えない事や、歯を磨いている最中に寝癖をからかわれない事や、朝食を食べている最中に憑依されない事や、朝の生活のたわいも無い一つ一つが寂しく感じる。
何が成仏する条件だったのだろうか? 僕にお芝居を教える事が条件で、それに満足して成仏したという事だったのだろうか? 考えても仕方のない事だけど、せめてどうして成仏したのか位は知りたかった。
大事なオーディション日だというのに上田さんの事が気がかりでならなかった。ぼんやり自転車を漕いでいたものだから学校に着くのが予定より少し遅くなってしまった。
「沢田。何処行くんだ」
振り返ると友光が立っていた。
「え? 何処って?」
「そっちは逆だろ? それにちょっと遅刻だぞ。早めに来てアップ手伝ってくれって言ったのはお前じゃないか」
ボーッとして練習場所とは逆の方向に歩こうとしていた。地に足が着いていない。
「ごめん」
「沢田、お前大丈夫か? なんか……顔色悪いぞ」
「いや……大丈夫だよ」
「あれ? 上田さんの姿が見当たらないけど、どうしたんだ?」
「朝起きたら居なくなってた。ひょっとしたら成仏したのかもしれない」
少し間が空いてから友光は「そうか」と言った。眼鏡のレンズを通して小さくなった眼が少し大きく見開かれたのが分かった。そして友光は続けて「突然だな」と呟き、俯いた。友光も上田さんが突然居なくなって寂しさを感じたのかもしれない。この夏、僕ら三人はずっと一緒だった。上田さんは幽霊だけど、友達だ。
「……なんか寂しいな。でも良かったじゃないか。上田さん、成仏出来たんならさ。今日はオーディションなんだ。気持ち切り替えろよ沢田」と、友光はぎこちない笑顔を見せながら言った。普段、友光は笑顔なんてあまり作らないから、僕は余計寂しさを感じた。
簡単に気持ちを切り替える事なんて出来ない。だけど、このオーディションに向けて上田さんは僕に演技の指導をしてくれた。上田さんの行為を無駄にする訳にはいかない。上田さんの為にも、上田さんの事を考えずオーディションに集中しなければならない。
オーディションは事前に指定されたシーンを演じる形式だ。その指定されたシーンはロミオがジュリに自分の余命を告白するシーンだ。
いざオーディションが近付いてくると僕の心臓の鼓動は激しくなった。上田さんの思いに応えたい気持ちと、上田さんが居ない悲しみと、オーディションの緊張で、僕は自分でも良く分からない状態になった。めまぐるしく移行する感情に参ってしまいそうだ。
「沢田、いつまで開脚してるんだ。違う部位ほぐすぞ」
友光に言われて初めて自分が開脚のストレッチのまま固まってる事に気が付いた。
「沢田、腹式呼吸しろ腹式呼吸。上田さん言ってたろ。腹式呼吸は緊張ほぐれるって。それにストレッチは呼吸しながらじゃないと意味ないって。さっきから呼吸止まってるぞ」
確かに呼吸が浅かった気がする。
「まず吐け、息を。緊張とか全部空気と一緒に出せ。それから吸え」
僕は友光に言われるがまま息を吐こうと口をすぼめた。僕はそこで初めて自分が下唇を強く噛んでいたという事を認識した。歯から開放された下唇に微弱な電流が流れる様な感覚があった。
「たっくさん吐け、息は自分で思ってるより多く吐ける。深く呼吸するにはまず肺の中を空っぽにしろ」
友光の言っている深呼吸の仕方は、上田さんが僕と友光に教えてくれたものだった。僕は呼吸に集中した。少し、自分の内側の何かが緩んだ気がした。
オーディションの順番はくじ引きで、蜂須賀さん、その次に清水、最後に僕に決まった。相手のジュリ役はもちろん高橋先輩。教室の机と椅子で簡易的にセットを作り、部員達が見守る中オーディションは始まった。
まずは蜂須賀さんのロミオだ。相変わらず通る良い声をしている。上田さんは彼女の発声を全然良い発声じゃないと言ったけど、今なら何となくその意味が分かる。
以前上田さんは「演技は演技しない事が大事」と言っていた。その論理に基いて蜂須賀さんの演技を見てみると、なるほど蜂須賀さんの演技は「演技している」のだ。演技の範疇を出ていない。リアルじゃない。特に声の作り物感が強い。確かに良く通るし、響く良い声なんだけど演技の声として聞くと疑問が生まれる。おそらく上田さんは、演技としてきちんと成立して、演技を支える発声じゃないと良い発声じゃないと言いたかったんじゃないだろうか。キャラクターの気持ちに直結した声じゃないと、どんなに通って美しく響こうがそれは良い発声とは言えないのだ。
『そうそう良く分かってるじゃない』隣に上田さんが居たらそう言ってくれるだろうか。もっと掘り下げて詳しく説明してくれるだろうか。
蜂須賀さんのロミオが終わった。駄目な演技、とも言えないけど良い演技、面白い演技とも言えないというのが率直な感想だ。やはり声が原因でキャラクターの気持ちにリアリティを感じられなかった。……と、偉そうに分析しているけど、蜂須賀さんの演技を越えられる自信があるかと問われれば、ないと答えると思う。言うは易く、行うは難し。
次は清水のロミオだ。悔しいけど清水のロミオはなかなか良い。演技そのものは無難で、特別に優れているモノでもないけど、実はこのロミオというキャラクターは清水にピッタリなのだ。痩せてて病弱っぽい体型。甘いマスク。ちょっと生意気で行動力のある勝気な性格。もしこの公演にプロデューサーがいて、企画書を書くのだったら、ロミオのイメージキャスティングの欄に『清水』と書くんじゃないか。そう思わせる程ロミオは清水にピッタリだった。
また胸の鼓動が早くなる。僕は上手く演れるだろうか。そう言えば上田さんは「演技は上手く演ろうとしちゃ駄目」って何度も言っていた。だけどオーディションでは嫌でも比べられてしまう。上手く演ろうとしないなんて無理な相談だ。キャラクターで劣っている分、演技であいつの上に行かなければいけない。
清水が終わり、次は僕の番だ。椅子から立ち上がろうとした、その時。
「あの!」
僕の後ろから声がした。振り返ると堂本さんが立ち上がっている。
「やっぱり私にもオーディション受けさせて下さい!」
一瞬、堂本さんが何を言ってるのかわからなかった。
「堂本さん、どうしたの急に? 突然ね。オーディションってどっちの? ジュリ?」中西先生が言う。
「い、いえロミオ役です……」
「どうしてこの前立候補しなかったの?」
「勇気が出ませんでした。本当はあの時立候補したかったんです……」
「台詞は覚えてるの?」
「はい、覚えてます」
「小山田さんはどう思う?」部長の小山田さんに振る中西先生。
「うーん、流石に飛び入り参加は……一応、ロミオとジュリ以外の配役はこの前の会議で決めましたし。部の秩序が乱れると思います」小山田先輩が返す。
「す、すみません……」俯く堂本さん。
「いや、積極性は買いたいんだけどね。私個人としては受けさせてあげたいわ」と、小山田先輩。
「オーディションを受けている他の三人はどう思うの?」中西先生が言う。
「俺は別にいいですよ。受けさせてあげましょうよ」清水が答える。こいつは本当に女の子にだけはいい顔をする。そしてその態度は自信たっぷりだ。堂本さんの立候補なんて何の問題もないと思っているのだろう。もう自分がロミオ役を勝ち取ったかの様だ。
「私も、大丈夫です」蜂須賀さんも続けて答える。
「沢田君は?」
ライバルが増えるけど、僕が駄目だなんて言えない。僕も最初立候補出来なかった。勇気が出ずにタイミングを逃してしまった気持ちは良く分かる。むしろ受けさせてあげたいと思った。
「僕も大丈夫です」
「そう……オーディションを受けるみんながいいなら、今回は特別に許可してもいいんじゃないかしら?」と、中西先生が小山田先輩に問いかける。
「うーん……じゃあ、まあ堂本さん一年生だし、今回だけは特別ね。これからは決定事項は特別な理由がない限り覆さないようにね。前に進まなくなっちゃうから」
「ありがとうございます!」深々と頭を下げる堂本さん。
「じゃあ、順番はどうしようかしら。沢田君、どっちがいい? 先に演る? 後に演る?」
と、中西先生に聞かれ、返答に困った。順番の事など考えていなかったからだ。後に演るほうが緊張してしまうだろうか? 先に演るほうが気持が楽な気がした。だけど僕が選んだのは、
「あ、後にやります」
だった。堂本さんの飛び入り参加で、なんとなく気勢がそがれてしまったのだ。心のスイッチがONからOFFに入った気がした。再びONに入れる為にも時間が必要だった。
その堂本さんの演技は素晴らしかった。なんというか、台詞の一つ一つに実感がこもっているのだ。例を挙げると、シーンの中に『俺の余命、一年なんだってさ』という台詞があって、この台詞の伝わり方が蜂須賀さんや清水のロミオとは段違いだった。蜂須賀さんも清水もこの台詞を悲しそうに言っていた。一方、堂本さんはこの台詞を悲しそうどころか、音だけ取ればむしろ棒読みに近い言い方だった。しかも表情は少し笑みを浮かべていた。
堂本さんがこの台詞を空中に吐き出した時、ガラスが割れる様に日常という名の空気がバラバラと壊れ、新しく死という名の空気に舞台上が包まれた。ロミオが、残された自分の時間や命に対して普段どのように考えて、どのようにそれと向き合っているか、たったの一言で観客である僕達に伝わったのだ。
僕は上田さんが言っていた『演技は演技しない事』という言葉を思い出した。蜂須賀さんや清水は悲しそうに演技していた。『悲しいんだ』という事を観客に伝えようとしていた。表現しようとしていた。演技しようとしていた。だけどそれでは駄目なんだ。堂本さんは演技しようとしなかった。ただただ感じていた。結果、堂本さんの演技のほうが観客に伝わった。なるほど確かに『演技は演技しない事』なんだ。
強力なライバルが出現したけど、僕は悔しいとかまずいなという感情以上に嬉しさを感じた。上田さんの教えを実感できたし、何より大事な事を思い出せた。『上手く演ろうとしちゃ駄目』『演技しようとしちゃ駄目』だ。僕はこのオーディションの為にきちんと準備してきた。ロミオの感情も掘り下げたし、台詞も分析した。集中さえすれば演技しようとしなくても勝手に伝わるはずなんだ。
きっと堂本さんもロミオという役の人生を掘り下げただろうし、相手役の高橋先輩との会話に集中していたはずだ。堂本さんは僕と、いや僕と言うか上田さんの方法と、同じ様なアプローチをしたのかもしれない。
堂本さんの番が終わると、教室は微妙な雰囲気になった。おそらくそれは飛び入り参加の堂本さんがみんなの想像以上に良くて、みんな拍手したり褒めたりしたかったけど、オーディションで先にやった蜂須賀さんや清水の手前、それが出来なかったからだと思う。
そして、僕の番だ。上田さんは居ないし、堂本さんの演技は良かったし、清水はキャラクターにピッタリだしで僕は相当追い込まれているはずだ。だけど不思議と気持ちは落ち着いている。さっきまでの緊張が嘘のようだ。もちろん緊張してない訳じゃない。相変わらず心臓の鼓動は早いし、手汗が凄い。でも、そんな自分の状態をちゃんと把握出来る位には冷静さを取り戻している。堂本さんがいい演技をしてくれたお陰だ。
舞台上の高橋先輩は相変わらず綺麗だった。フェルメールとかルノワールとか、画家に高橋先輩を見せたら、みんな高橋先輩をモデルに作品を描きたがるに違いない、なんて思いが沸き上がる。
『話ってなあに、ロミオ君』
その高橋先輩の口から台詞が漏れる。いつの間にかキューがかかっていた。
『いや、実はジュリさんに言っておかなければいけない事があって……』
僕は条件反射のように台詞を返した。何度も何度も上田さんや友光と台詞合わせをしたおかげか、急に芝居が始まったにも関わらず自然と台詞が出てきた。
この芝居に、僕は付いて行くのが精一杯だった。連綿と続く感情や台詞の流れを頭で冷静に整理する事も出来ず、芝居はひたすら流れていった。僕はその激流に飲み込まれないように必死で足掻いた。そして、気が付いた時には芝居は終わっていた。
「じゃあ、これでロミオ役のオーディションは終わりね。オーディションを受けた四人は今日は解散」
と、中西先生が言った。オーディションを受けた四人以外の部員と先生で、誰をロミオ役に抜擢するかをこの後決めるのだ。きっと清水か堂本さんに決まるだろう。僕は全然駄目だった気がする。
オーディションが終わったその足で、僕が向かったのは旧校舎だ。せっかく上田さんに演技の事を教えてもらったのに、あまり上手くいかなかった。その事を直接上田さんに謝りたかったのだ。だけど、上田さんはもう居ないから、上田さんに出会った音楽室に謝ろうと思った。
旧校舎の音楽室は、たまに吹奏楽部や軽音部が使っている。だけど今日は人の気配を感じられない。僕はいつもより重い扉を開けて一歩中に入った。まず、ベートーヴェンの肖像画が目に飛び込んで来る。
この人は何を見つめているのだろう。後世まで名を残す天才の目には何が映って、そこから何を感じるんだろう。分野は違うし、ベートーヴェンの事もよく知らないけど、僕は彼に嫉妬を覚えた。僕なんかが嫉妬するのもおこがましい人物だけど、僕はベートーヴェンを睨みつけた。僕は「いいなあ」と呟いた。そう呟くつもりなんて全然なかったのに。自然と言葉が漏れてしまった。
「何が良いの? 沢ちん」
その声が聞こえるのとほぼ同時に、僕は自分の表情が意思とは関係なく、くしゃくしゃに変化していくのを感じた。頭でその声が誰の声か判断するより早く、顔の細胞が反応したかの様だった。振り返ると、そこには僕の一番会いたい人が立っていた。僕はきっとみっともない顔をしているだろう。
「上田さん……!」
驚きと困惑と嬉しさで声を出すのもやっとだった。絞り出した声はうわずっていた。
「……どうして?」
「どうしてって?」
「どうして此処にいるの? 突然居なくなったから心配したよ!」
「ごめんごめん。今日、オーディション当日でしょ? 私が居たら沢ちん緊張しちゃうかなと思って。一旦取り憑くのやめたの」
「それならそう言ってくれないと分からないじゃないか! 凄く心配したよ!」
「だからごめんって」
「僕が此処に来なかったらどうするつもりだったのさ!」
「あー確かに。もう会えなかったかもね」
上田さんはベートーヴェンを見つつ、あっけらかんと言い放った。
「何それ! なんでそんな呑気に! 会えなかったって! 成仏は? 何だよそれ……」
ショックだった。ショックで言葉が上手く繋がらない。上田さんにとって僕の存在はそんなものだったのか。もう会えなくてもいい様な、そんな存在だったのか。
「で? どうだったの? オーディション」
こちらの感情を受け流す様に質問を放り込んでくる。猫だ。上田さんは。気まぐれな猫だ。
「……全然、駄目だったよ」
少し非難めいた言い方になってしまった。でも、非難したいのはオーディションの事じゃない。
「あら? どう駄目だったの?」
「いや、自分の演技の事は良く覚えてないんだ。気が付いたら終わってたよ。きっと堂本さんか清水が受かるんじゃないかな」
「堂本さん? え、彼女もオーディション受けたの?」
「飛び入りでね。でも、凄く上手かった。『会話』してたよ。清水も芝居はたいした事ないんだけど、なんていうか、ピッタリだった。役の雰囲気に」
「ふーん……」
「だから、きっと駄目だと思う。受かり、たかったな……」
少し、声が震えた。
「……そっか、ごめんね。付いてあげなくて」
「ううん、いいよ。確かに上田さんがいたらもっと緊張してたかもしれないし。結果は……変わら……ないよ」
普通の速度で言葉を発すると声の震えが激しくなるので、ゆっくりになったり、早かったり、途中で切ったり、不自然なスピードで言葉を吐いた。
「……沢ちんはいいなぁ」
「え?」
「だって未来があるんだもん」
「……」
「例えこのオーディションが駄目でも、高校時代に高橋さんの相手役になれなくても、沢ちんには未来があるよ。大学で共演するかもしれない。ひょっとしたら二人共役者になって映画や舞台で共演するかもしれない。無限の可能性があるのが羨ましい。私、本当は辛かったのかも。オーディションを受ける沢ちんを見るのが。私はもうオーディションを受ける事も出来ないから。だから……」
「上田さん……」
「ごめんね。愚痴っちゃって。そんなつもりないのに。あーあ、私、なんで死んじゃったんだろ。なんで私、成仏しないんだろ……」
最後の『なんで私、成仏しないんだろ』はとても微かな音だったけど、二人しかいない音楽室で、その音は良く聞き取れた。
「成仏、しなくてもいいよ……」
僕は自分でも思い掛けない事を口走っていた。
「は?」
上田さんがきょとんとする。
「え! あ、いや……ず、ずっと僕に取り憑いていればいいじゃないかと……いやごめん、自分でも何言ってるか分からない! 忘れて!」
「沢ちん……」
「ごめん、本当。自分の事しか考えてない発言でした。上田さん、早く成仏したいのに」
「なんか、良く分からないけど、沢ちんの優しさは伝わったよ」
「えーっと……」
「じゃあ、改めて、私、成仏するまで沢ちんに取り憑いてていい?」
「も、もちろん! あの、え、演技の事、教えて下さい」
「そうね! 私の弟子の癖に演劇部ごときのオーディションに落ちてる様じゃ全然駄目! スパルタで行くから覚悟しなさい!」
上田さんがいつもの調子に戻って僕はほっとした。気のせいなんだろうけど、音楽室のベートーヴェンの表情もさっきとは違う気がする。
「そうだ、友光にも上田さんがいたって教えてあげないと」
僕は友光にLINEを打ちながら、上田さんを成仏させる新しい方法を考えた。僕がオーディションに落ちてしまったら以前立てた計画は実行出来ないからだ。
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