「殺陣の手が違う」「化粧が違う」「出はけが違う」「早替えの手順が違う」


 そのダメ出しは理不尽だ。全部僕の居ない所で決められたものだ。変更になった事を僕は伝えられていない。そんなの出来るはずがない。

 派手な紫色のカツラを被った座長がさらに「台詞が違う」と追い打ちをかけてくる。反論する気力も湧かない。嘲笑する劇団員達。彼らの顔には白粉が厚く塗られ、目の周りには赤い隈取りが描かれている。それぞれ怒りや軽蔑や嫉妬、疎んじている様な表情の化粧だ。

 此処には僕の居場所はない。ふと鏡を見ると僕の顔にも赤い隈取りがある。その隈取りの目尻は下がっている。もう限界だ。僕は逃げ出した。


 外は真っ暗で明かりはなかった。足下がおぼつかなくて何度も転ぶ。走って、走って、走って、辿り着いたのはハチジョーだ。僕は心の底からホッとした。2階の職員室前の伝言板まで駆け上がる。その伝言板には今日の演劇部の練習場所が書いてあるはずだった。だけどそこに書かれているのは練習場所ではなく相合い傘。相合い傘の下に書かれている名前の一つは高橋先輩のだ。その隣に書かれているもう一つの名前は……嘘だ! 心臓が跳ねる。到底受け入れられない名前だ! 僕は走ってその場を去った。


 誰も居ない学校の中を走り、演劇部の練習場所を探す。体育館でもない、空き教室でもない、理科室でもない。演劇部は何処で練習しているんだろう。

 やがて走るのに疲れてとぼとぼ歩いていた僕は、旧校舎の前に来ていた。旧校舎からかすかに人の声が聞こえる。その声のする方に歩いていく。次第に声が良く聞き取れるようになっていく。この声は演劇部のみんなの声だ。きっとこの先にある音楽室で練習しているんだ。


 音楽室でみんなは次の大会の練習をしている所だった。みんなが練習を中止して僕を取り囲む。「また沢田くんと舞台がやりたいよ」「沢田くん一緒にエチュードしよう」「沢田くん私の芝居で気付いた所あるかな」やっぱり僕の居場所はこのハチジョーの演劇部なんだ。さっきの訳の分からない劇団なんかじゃない。此処ならみんな僕を受け入れてくれる。


 だけど一人だけ僕の事を遠巻きに見ている。友光だ。さっきの伝言板に名前が書かれていた友光だ。申し訳なさそうな顔で俯いている。「今回の主役は友光くんだけど次は沢田くんだよ!」部長の小山田先輩が声を掛けてくれる。主役、友光が? 良く見ると高橋先輩が友光の隣に居て二人は手を繋いでいた。


 また心臓が跳ねる。友光はゆっくりこちらに歩いてくる。何も言えずにいる僕に友光は「ごめんな」と言って僕の首に手をかける。そして友光は僕の首を締めながら押してくる。僕の後ろは窓だ! このままでは落とされる! 何とか抵抗しようと押し返す! そして突然、横から急に中西先生が現れて僕を突き落とした!


 びくっと体が反応して目が覚める。ベッドの上だ。

 汗を大量にかいていて、パジャマが皮膚に張り付いている。掛け布団はベッドから落ちている。外は良く晴れていて窓から射し込む日差しがきつい。上田さんが心配そうに僕の顔を覗き込んでいる。

「大丈夫? 凄いうなされてたよ?」

 上田さんの顔を見てホッとした。でも再び黒いモヤモヤも沸いてきた。

 思うのも憚られる事だけど、ひょっとして、上田さんは中西先生に殺されたなんて事はないだろうか?


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