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上田さんの姿は僕と友光にしか視えない。上田さん曰く、僕と友光は霊感が強く、上田さんとの波長がバッチリ合うらしい。霊感が強いと聞いた友光は青ざめていた。今まで体験した心霊現象が本物だとわかったからだ。それでもやっぱり最初のうちは幽霊の存在を信じたくなかったようで、度々僕の事を呼び出しては上田さんの存在を再確認してショックを受けるのを繰り返していた。
合宿中は中西先生に事情を説明する暇がなかった。部活の練習が再開するまで日数が空くので、その間僕は上田さんとの生活を余儀なくされた。上田さんは24時間僕の傍に居る。もちろん入浴やトイレのときもだ。と、言っても半径5メートル位は離れる事が出来るみたいで、さすがにトイレを覗く事は控えてくれたが、入浴は凝視してきた。少しは遠慮をして後ろを向いたりしてくれるかと思ったけど甘かった。今まで退屈だったから何にでも興味があるらしい。覗くなと言っても聞かないし、風呂の中で注意をしたら、ひとり言を言ってる様なので親に心配された。
見られない様にタオルで隠したり、泡を多く立てて入ったりしたけど、やがてそれも面倒臭くなって僕は隠すのをやめた。上田さんは「うひょー」とか言いながらキャッキャキャッキャ空中を飛びまわる。しかし3日もすると飽きたのか最近は外で待っている。
就寝の時も困る事がある。幽霊は眠らないので、僕が寝ている間上田さんは暇になるのだ。そこで当然上田さんは僕の睡眠を邪魔してくる。マシンガントークで話しかけて来たり、枕元に幽霊のように無言で立って怖がらせてくる。幽霊のようにというか正真正銘12年も幽霊やってるベテラン幽霊だ。止めろと言っても「幽霊の習性だから」とニシシと笑い、止めようとしない。仕方ないから夜は映画や音楽を流して上田さんが暇にならないようにした。
そんな上田さんとの生活が続く中、友光からラーメンを食べに行こうとの誘いがあった。おそらくまた上田さんの存在を信じられなくなったのだろう。
「とん八は健在なのね!」
とん八というのは僕と友光が良く行く八王子駅近くのとんこつラーメン屋だ。
「やっぱり現実なんだよな……」友光は目を細めて言う。
「友光まだ信じてない訳? なんて石頭なのかしら」
上田さんは両手を腰に当て、呆れたように友光を見た。
「此処は美味しいよね」
僕は友光と上田さんのお決まりになったやり取りを無視して券売機の「味噌」と書かれたボタンと「大盛り」と書かれたボタンをそれぞれ押す。
「丸井もそごうも無くなってるし、南口はなんかデカいビルが建っておしゃれになってるし……自分の知っているお店があると嬉しいわー」
「幽霊はご飯食べられるのか?」友光が塩ラーメンの食券を買いながら聞く。
「食欲はないけど食べられるわよ」
「え? 食べられるの?」
意外だった。この十日ほど、上田さんが食事をしているのを見た事がない。
「ちょっと懐かしいから食べたいな。沢ちゅん」
上田さんは両手をグーにして頭の上に乗せた。猫のつもりなのか、甘えているポーズだろう。
「はいはい、奢ればいいんでしょ。どれがいい? 正油? 塩? 味噌?」
「やっぱ正油ね」
「こってり?」
「あったり前じゃない!」
とん八は正油、味噌、塩と三種類の味があり、それぞれあっさりとこってりが選べる。同じ正油でもこってりとあっさりで全く別のスープになる。僕も友光もこってりの方が好きだ。上田さんもこってり好きとは中々見込みがある。
「あれ? 二人で三杯食べるの?」
食券をカウンターに乗せると店員さんが聞いてきた。僕は「はい」と答えながら、やっぱり他の人には見えてないんだ、と思う。
「全部こってりでいいのかな?」
「はい!」
この声は三人。綺麗にユニゾン。もちろん店員さんには二人分の声しか聞こえてないだろうけど。
「しかし幽霊がご飯を食べられるとは意外だな。どうやって食べるんだ? 箸持てないだろ? 他の人から見たら、上田さんが食べたらラーメンが消える様に見えるのか?」
ラーメンを待つ間、友光が上田さんに問い掛ける。僕も友光と同じ疑問を抱いた。
「いい質問よ、友光。ちょっと魔法を使うの」
「魔法? 幽霊って何でもありか? どんな魔法だ?」
「ふふ。まあ慌てるでないぞ眼鏡ボーイ」
「誰が眼鏡ボーイだ」
上田さんと友光がやいのやいの言っていると、「はいお待ち」という店員さんの言葉と共に三杯のラーメンがテーブルに並ぶ。僕はとんこつスープの匂いに誘われて割り箸に手を伸ばす。そこで突然上田さんが、「はいはい、では、ちょっと失礼します」と言い、ふわりと浮いて僕の体を通り抜ける。
「え、ちょっと何?」
突然上田さんが接近してきて僕は思わず体を捻る。
「ちょっと動かないで」
「は?」
上田さんは僕に体をほぼピッタリ重ね合わせて叫ぶ。
「憑依!」
その言葉と同時に僕の体は自由は効かなくなった! 意識ははっきりとあるが自分の体が勝手に動く! つまり僕は体を乗っ取られたのだ!
「えへへ、いっただきまーす!」僕の体から僕の声で上田さんが声を出す。
「え、まさか沢田の体を乗っとったのか……?」
「ふふ、ご名答よ、眼鏡オブボーイ! うんうまい! これこれこの味よ! 懐かしいわ!」
「それじゃ俺自身が眼鏡って事じゃないか。さ、沢田は大丈夫なんだよな……?」
「大丈夫! ラーメン食べたらすぐ沢ちんに返すわよ」
「まあそれならいいか……」
いや、良くない。抗議したいが声が出ない。
「友光くん、ちょっと塩味も一口いいかね?」
「え、いいけど……」
「いただきます! うん! 塩も味噌も正油も最高ね! おっと味噌は沢ちんに残さなきゃね。うん! 正油うまいわ! こってり大正義! どうしたの友光? 箸が止まってるわよ。育ち盛りなんだから残しちゃ駄目よ」
「うわあ、沢田がおネエ言葉使ってる……キモい……」
僕じゃない……
「何引いてるのよ。細かい事気にしないの」
引いてる友光を尻目に凄い勢いでラーメンを食べる上田さん。部活後の高校生がポカリを飲む勢いで一気にスープまで空にする。僕は味を感じない。
「ふー食べた食べた。余は満足じゃ。さて沢ちんに体を返しましょうかね。憑依解除!」
上田さんは僕の体の中からぬるりと出てくる。憑依が解除された瞬間、急にお腹が膨れたような感触を得る。びっくりして思わず食べたラーメンが、いや実際は食べていないが、逆流しそうだった。喉に力を込めて逆流を防ぐ。
「沢ちん体ありがとう! お陰で12年振りにとん八のラーメンが食べられたわ!」
「ぼ、僕の体を使うんなら言ってよ!」
「えー言ったら絶対嫌がるでしょ」
「嫌がるに決まってるよ!」
「でしょ? いいじゃない。減るもんでもないし。そんなんじゃモテないわよ。ほらラーメン伸びちゃう。味噌は一口しか食べてないから」
「なんか、もうお腹いっぱいなんですけど……誰かさんがスープまで飲み干したせいで」
「なっさけないわねー! 若いんだからラーメンの二杯位ぐいっといきなさいよ! ぐいっと!」
サラリーマンがジョッキでビールを飲み干すような仕草をする上田さん。
流石にそんな勢いでラーメンは飲めないぞ。
「まあ食べるけど……残しちゃ悪いし……でも二杯買う必要なかったじゃん」
「いや色んな味食べたいじゃない」
「……沢田よ、俺も手伝うぞ」
「友光……ありがとう……ああ……大盛りにしなきゃ良かった」
上田さんは屈託のない笑顔で「素晴らしい友情ね!」と言った。他人事かい。
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