第18話

 彼女の言う通りしばらく歩いていると俺にも川の音が聞こえてきた。ようやく腰を落ち着けることができる、とは言ってもこの暑さが元通りにならない限り気持ちは休まらない。


 様々な言い訳と雑談を連ねることでようやく川の近くに身を寄せることができた。川の上流ということもあり、大きさ不揃いの大きな石が川の近くに散逸し、その灰色の肌には苔がついていた。遠くの方では滝があり、ドドドと大きな音を立てているのがここからでも聞こえた。


 不意の暑さからのこの冷涼な雰囲気は俺とレイナにこの上ない心地よさを感じさせた。


 ふとレイナの方を向いてみると彼女の眉間によっていた皺がほぐれていた。俺も透き通った水と清涼感漂う音を聞いてどこか落ち着きを感じた。


 一目散に水場まで駆け寄り、湯水のごとく溢れているその水を一息に口に含もうとしたレイナを俺は肩を掴んで静止させた。


「川の水をいきなり飲むな」


「さすがに慎重が過ぎる気がするのだけれど。アスラ、私はあなたが危険を察知した理由に関してまだ十分な説明を受けていません。今がどの程度危険な状態かわからないまま、私を数時間におよび歩かせたその罪を償う気があるのでしたら、今すぐ私に水を飲ませてください」


 喉が渇いていることを説明するのにこれほどの言葉を必要とするのであれば案外この女は余裕があるんじゃないかと疑いたくなる。


 俺は十分な説明をしないまま、袋に入れていた透明の容器に水を入れ、その中に紫色の液体を一滴垂らした。


「見ろ」


 紫色の液体は拡散して薄い紫色を呈するかと思いきや、即座に赤色に置き換わった。


「色が変わりましたね」


「ある一定の酸とマナの割合に呼応して色が変わる仕組みになっている。ここには若干のマナを含まれていると共に人間にとっては若干有毒であるくらいの酸があるということだ」


「要するに?」


「このまま飲むのは危険ということだ」


 疑りすぎているような気もするが、自分の人生の没落を考えるとこれくらい慎重に生活するのは性分であると言える。


 川の水に含まれた若干の毒気を簡便な濾過器を用いて濾過しつつ、レイナにはばれないように魔法を使って身体に害のあるマナを取り除いてから彼女に水を飲ませた。表情に生気を取り戻すような、そんな感じがして、どこか神秘的な感覚にとらわれた。


「随分とおいしそうに水を飲むんだな」


「あれほどの暑さの中水も飲まずに歩いていれば、誰でもおいしいと感じますよ。アスラは大丈夫そうですね。冒険者と言うのはこういった暑さに慣れているのですか?」


 全然大丈夫ではなかったが、なぜか強がって見せていた。このような感覚に陥ることは今まで生きていて感じたことがなかったもので、どこかもどかしい。


「まあ、大丈夫、と思わせるのも冒険者の一つの生きる道なんじゃないか」


「そのように答えるということは、そんなに余裕があるわけでもなかったのね」


 レイナはふふと笑って見せた。彼女が俺に対して敬語を使うときはあくまでも冒険者として先輩であることを尊重しているせいなのであろう。


「まあ、そういうことだ」


 彼女の笑顔に少しだけ肩の荷が下りるような思いがした。それと同時に感じた悪寒がなければ俺はきっとそのままこの川の近くで腰を落ち着けてしまっていたことだろう。


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土魔法は浮かばれない 雨宮傑 @sgr

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