第17話
さて、俺が先ほど見つけたユリウス・ラヴァンドラと呼ばれる花であるが、この花は熱と乾燥に弱く、この両者が成立すると発火現象が起こると言う極めて迷惑極まりない花である。淡明な紫色を呈していながらも、そのマナは赤色を宿し、所謂炎の魔法の素になる素材であった。
通常であれば暖炉における火種に使われたり、火薬の燃料に用いられたりと、魔法道具としての活用と考えればとても有用な植物なのであるが、現状では非常に厄介な存在である。
魔法使いであればこれくらいの知識はあって当然なのであるが、ここで問題になるのはこの花の生育に関してであった。
暑く乾燥した環境下で常に発火現象を起こしていていては種の保存が成り立たない。つまるところ、この花は寒冷地でよく生育する花であり、赤色のマナが彼らを寒冷から守るのである。従って現状のうだるような暑さに適していない。
冒険者としての時間が長かったことが逆に魔法使いとしての感覚を鈍らせていたと、素直に反省するとともに、師であるところのアストラルに深く謝罪した。
存在してはならない場所に存在している花が示すのは、この暑さが人為的なものであるということである。火の魔法、もしくは熱そのものを生み出す魔法、はたまたそれ以外。現状のうだるような暑さだけでは判断材料としては少なすぎるので、もう少し考えてみる必要がある。
誰が、何のためにこの暑さを生み出しているのか。
現状ではそれすらもわからないのだ。
これが俺たちを狙ってのことであれば殊更迂闊な行動は避けるべきであるし、そうでないにしても、これほど広範囲に及ぶ魔法を発現し続けられる存在が自分たちの近くにいることが既に危険である。
先を急ぐと俺を急かしたレイナも、現状の危険性については感づいたようであった。俺の表情、行動、それらから何かを察したらしかった。
勘のいい人間は嫌いであるが、こういう場面では助かるものだと俺は若干の安堵を見せた。
先ほど発見したユリウス・ラヴァンドラについては山火事が起こってしまうことを避けるために採取したが、所詮俺が見える範囲などたかが知れている。根本から解決しない限りはこの山事態に危険が及ぶことは免れられない。
森の風景は変わらずのものであったが、一度危険にさらされている事実を知ってしまうとそのすべてが火種にしか思えなくなる。
森の中に潜んでいるであろう小動物らしきものたちもこの暑さに身をやつしているのか、息も絶え絶え、ガサゴソと暴れるさまと疲弊し息を切らしているさまが何となく見受けられる。
数時間ほど歩いて俺たちはいよいよ耐えられなくなってきた。会話も欠け、互いに疲弊する身体と垂れ流しになっている汗をそのままにしながら、最後の水分も底を尽きようとしていた。
「そういえば、その鎧も随分と派手とまでは言わないが精巧なつくりをしているな。少し見せてくれないか」
何か会話をしなければ朦朧としてしまいそうな今を乗り越えられる気がしなかった。レイナも自分が話しかけられているとは思いもよらなかったのか、最初は俺の言葉に呆然としていた。
「それは、どういう意味で言っていますか」
彼女は疲弊した声を浮べながらもその表情には心なしか若干の怒気がこもっているように感じられた。
髪は湿り気を、その甲冑姿も日に照らされ熱を帯びているように感じられる。苦行にしか見えなかった。
「いや、実際のところその甲冑姿は暑いんじゃないかと思ってな。いっそ、その甲冑脱いで楽になった方がいいんじゃないか」
「アスラ、あなた、自分が何を言っているのかわかっていますか」
「普通の服に着替えろと言っているんだ。この気温の中でその白銀の甲冑は目に毒だ。まぶしすぎるし見ているだけで暑苦しい。そして何より喉が渇いた。近くに川が流れているはずだから休みを取りたい。そんなところだ」
「私への不平と自分の欲求を同時に言わないでください。混乱します」
警戒と保身、そんなことばかりを考えていたら、心が疲弊してしまったような気がしていた。
「それに、てっきりあなたのことですから、私に服を脱げと言っているのかと思いました」
てっきり、と言う言葉が俺がおかした失態について言及しているものであると何となく感じられ、チクチクと棘を刺してくるような趣を感じた。
「あんた、暑さで頭がやられているんじゃないか」
その言葉に彼女は俺の方に向き直って一瞬だけ眉間に皺を寄せたが、疲れていたのかすぐにため息をついて「近くに川の音が聞こえます。もう少し歩いたら休みましょう」と、俺には聞こえもしない野生的な聴覚を披露して見せるのである。
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