第16話
山の天気は変わりやすいなどとはよく言ったものの、実際には本日も快晴。絶好の冒険日和であった。繁茂する草どもは嬉々としてその光を享受しているように感じられた。同様にレイナという女性も爛々とした表情で道を進むのであった。
彼女は既に全身武装しており、戦う姿勢だけは十分である。従って俺の近くで爛々としている女性は全身甲冑に塗れた一人の騎士が太陽の日差しを受けながら爛々としている姿である。
これ以上ないくらいに恐ろしい光景であった。
彼女の後ろ3歩を俺は進み、彼女が間違った方向に進まぬように後ろから監視する役目を負ったわけだ。
照り付けるような日差し、うだるような暑さ。いやはや、先ほど山の天気は変わりにくいとは言ったが、早々に撤回しよう。暑い。
最初は嬉々としていた彼女も数時間と経過するうちに段々とその口数は減り、最終的にはしゃべらなくなり、行動も落ち着いた。これだけであればさほど問題はなかった。
「暑いわ」
彼女が口にしたこの言葉が発端となった。確かに暑いことこの上なく、彼女は全身を甲冑で囲っており、その白銀の甲冑はギラギラと輝いている。
おもむろに白銀のヘルムを外した。彼女もさすがに耐えきれなかったようであった。
随分と汗をかいており、金色が風になびくとキラキラと光った。
「さすがのあんたでも暑いか」
さすがの、と言う意味がどんなものを含有しているかは想像にお任せするとしよう。
「レイナよ。アスラ、あなたはこれを暑いと感じないの」
こういう暑さのときは加護の魔法をかけて難を逃れているなどとは彼女には言えそうになかった。彼女が近くにいる手前、加護の魔法をかけることは望ましいことではなく、さらに言えば先に出会った危険な連中の魔力感知ができるらしいことを鑑みればわずかな情報ですら彼らに与えることは賢明な判断とは言えなかった。
「暑い、が、耐えられないほどでもない」
いや、本当は耐えられないし、暑い。冷却魔法の効いた環境下で優雅にお昼寝でもしたいところである。「あなたはこれを暑いと感じないの」と聞かれて「暑い、耐えられない」などと宣うのは何故だか憚られた。
どうだろう、炎天下とは言ったものの、この暑さは果たして自然なものであるのか否か。繁茂する木々を見て彼らがこの日差しに嬉々とした表情を浮かべているとは思えなくなっていた。ひょっとすると彼らも強がりのような言葉を並べ連ねる代わりに耐え忍んでいるとでも言うのだろうか。
彼らすらこの焦熱を地獄のように感じているのではないか、そんな風に感じた。
「鎧をすべて脱ぎ捨ててしまいたいわね」
「実際にそんなことをしでかしたら俺はあんたから距離を置かせてもらうよ」
冗談を言うくらいの余裕があるらしく、俺は嘲笑して見せた。
「そうね、冗談でもそんなはしたない姿にはなれないわね」
彼女もはっと笑って見せるが、その表情にはあまり余裕は感じられなかった。
じりじりと、俺たちの体力を根こそぎ奪い取っていくかのように熱は、まさにその熱を増していった。いや、どちらかと言えばこれは、炎天下の最中燃え盛る炎の近くで体育座りなぞをしている地獄のような所業、そんな諸行無常のような正気とは思えないような火中にいるに等しい。
だが、これはさすがにおかしいと俺でも、と言うよりはレイナでさえも気が付いた。
「アスラ、何かおかしくないかしら」
長い髪をかき上げ、髪ゴムで結わえてポニーテールにして、熱を逃がしている彼女が先に異議を唱えた。首筋に滴る汗が鎧の中に入り込んでいった。
「こうした疑義がレイナと一致することも珍しい。同じ言葉を口にしようとしていたところだ」
「暑すぎる」
彼女と口をそろえて言った。
あたりを見廻し、生い茂る彼らに目をやり、そして注視した。何かを探していた。そしてそれは意外とすぐに見つかった。
草木の中にあるある草花の集団を見つけた。それは今俺たちがぶち当たっている疑問に対して石を投じるような存在であった。
駆け寄って、その品種が推定したものであるかを確認した。
「レイナ、これを見てくれ」
俺は咲いている花々の中から一輪だけ抜き取り、彼女に見せた。
「何かしら、きれいな花であることは間違いないみたいだけれど」
レイナに見せたのは薄い紫の花であった。彼女の言う通り確かにきれいな花であることは間違いないのであったが、目立つような花ではなかったため、特別注視しない限りは気づくことのない種である。
「これはユリウス・ラヴァンドラと呼ばれる種類の花でな。所謂マジックフラワーに相当するんだ」
「マジックフラワーですか」
魔法使いでもない彼女にとってその言葉は馴染のない言葉らしかった。
「そうだ。簡単に言えばマナを含んだ花ってことだ。淡明な紫色をしちゃいるが、結構恐ろしい花だ」
「具体的には――」
と、彼女は何かを聞きかけたがすぐに口を閉ざした。
そして、「さあ、そんなことは気にせずさっさと進んでしまいましょうか」と俺を急かした。俺が何か気づいたことに彼女が気付いたようであった。
その後、俺たちは互いに暑いとは思いつつも黙々と淡々と粛々と歩みを進めることになったのだ。自分たちが誰かに狙われている可能性を感じながら――。
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