第15話
さて、俺たちが受注しているクエストとは何の関係もない、俺の緊急討伐クエストが勃発していたが、横道にそれた俺たちのクエストの達成への道のりはようやく軌道に戻りかけていた。
湖のほとりの中に存在するある種の町と言ってもいいこの集落の、一番大きい施設にたどり着いた。俺たち冒険者を助けるいわばギルドのような施設、換言すれば商人を守るための商会のような存在だ。
冒険者は王国にもとらわれない自由な存在である一方、誰からも何からも守られることのない危ない綱渡りをしている存在でもある。そんな俺たち冒険者を支えてくれるのがこうしたギルドであった。木造で建てられた荘厳なつくりは随分と昔から居座っていたかのような貫録を見せていた。実際にはこの湖のほとりが栄え始めたのは最近のことであるらしい。
俺たちがここでしなければならないことは2つ。
1つはコカトリスの目撃情報であった。
しかしながら、その情報はどんな人間に聞いたところで返答は「そのクエストは諦めろ」の一点張りであった。目撃情報は確かにあるはずなのであるが、闇の中を手探りで探る勢いに変わる気配は一向に見られない。しかし、やはり山頂付近での目撃例が多数あることを信じるほかになく、情報に身寄りのない俺たちはクモの糸にしがみつくしかなかった。
もう1つは先刻邂逅したわけのわからぬ男ども存在についての注意勧告と情報集めである。ドルジとダングスと呼ばれる人間に一応のことながら今後会わないとも限らない。気を付けておくに越したことないわけだ。
だが、こうして注意勧告をすることは彼らにとって何の弊害にもならないことは確かであろう。彼らは自分たちの名前が俺たちに知られる懸念を全く考えていなかった。竜種に相当する存在を付き従えていることを考えると、実力には自信がある人間どもであるのは間違いなかった。
それに、冒険者たちも話だけの雲のような存在に対して延々と警戒し続ける輩などおるまい。臆病者であればこの場を去るし、豪傑あるいは無鉄砲な者であれば構わず己の旅を続けることだろう。
施設におかれていたテーブルの角に手を滑らせながら俺は悩んでいた。
「アスラ、どうしたのですか。先に行くしかないのなら前進あるのみでしょう」
情報を得られないかと手分けして収集にいそしんでいたが、そのうちに両者疲れて共倒れと言ったところだろうか。彼女も若干の虚ろな表情を見せ乍ら俺の前に現れた。
起き抜けの恰好ではなく港町の令嬢が着ていそうな青が目立つロングスカートがよく似合っていた。言い方は悪いが冒険者にはとても見えなかった。
互いに立ったままで話し合うのはあれだったので、テーブル近くにあった椅子に腰かけた。
「確かにあんたの言う通りなんだが。先刻の連中とまた顔を合わせる可能性が低いことを考えると迂回路を進むのも手なんじゃないかと思ってな」
ぼさぼさになった髪を片方の手で掻きむしりながら、もう片方の手でテーブルの板と板がかみ合っていないわずかな隙間をなぞっていた。方向性、というより方針が見えてこない。
「迂回路、ですか。目的地が変わらないのであれば私は遠くなろうと構いませんが」
彼女は腕を組んで考え込んでいたが、俺の言うことに対してさほど反論があるわけではなかった。
「意外だな。あんたなら別に構わず戦闘を選ぶと思ったんだが」
思わず顔を上げて彼女を見つめると、彼女は相も変わらずの突き刺さるような強いまなざしを俺に向けていた。
「別段戦闘を避ける必要もないのだけれど、私はどうやら初陣の冒険者のようですから。冒険者として年長者のあなたに従うのは道理というものでしょう」
彼女が自らの実力に関して疑う余地はないことは確信しているらしかったが、それでも冒険者としては未熟な存在であることは自覚しているようなセリフであった。
謙虚、と言うよりは己を知っていると言った様だ。質実剛健、女性に使っていい言葉かどうかはわからなかったが、彼女の豪傑ぶりはまさにそれを体現しているようでならなかった。
山での火事の騒ぎはこの湖のほとりに着た連中の間でも話題になっていた。巨大な火柱が山を切り裂くように駆けて行った、と言うような話だけはよく聞いていたが、その犯行に及んだ彼らについての記述、文言は見られなかった。従って先の事件が遭った時、一番近くにいたのは俺たちだということだ。
あれだけ派手な動きを見せておきながらその素性について明かされることなく秘匿が貫かれているのには少々乍ら驚いた。付き従える巨大な足音をもつ生物に関しても、それほどの大きさを見落とすことなど万が一にもあり得ない。つまり、彼らはこれだけの冒険者を前に何事もなかったかのように平然と振舞いながら人目につかないところを闊歩しているらしい。もしくは、彼らもまた肩書上は冒険者とでも言うのだろうか。
しかし、地を揺るがす巨躯を無数の冒険者の目から掻い潜ることなど果たしてできようか。甚だ疑問であるが、それを打開するような策は見当たらない。魔法を使ったにしても相当に高度な魔法であると考えられる。
しばらく雑談を踏まえながら、俺たちは山頂への迂回路を選んで足を進めることにしたのだった。
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