第13話

 レイナは突如バランスを崩し、倒れ込んだ。


 突然のことで彼女も唖然としているらしい。膝をついて倒れ込むが、身体を起こすことができないでいる。脚を持ち上げようとするも、動かせば動かすほど土の中に飲み込まれていく。


「これは、一体、どういうことですか」


 レイナは感情が昂っているのか、自らの置かれた状況を理解できないでいるらしい。彼女の身体は見る見るうちに飲み込まれていき、既に身体の半分ほどまで沈んでいる。

 剣を地面について身体を引き上げようとしても、剣そのものが土の中に沈んでいき、底を見せない。


「ふむ、俺と言うやつは実に運がいい。まさか、底なし沼に嵌るとは」


 彼女が剣を振り回そうとも届かない程度の間合いを詰め、彼女に話しかけた。


「底なし沼、ですって」


「見ての通りだろう。身体は沈み、土の重みで身体は動かせない」



「そうね、その通りのようね」


「ところで、俺はあんたが機嫌を損ねている理由を本当に知らないから、あんたに謝ることもできないし、怒っているあんたをおちおち助けることもできない。ここは一つ、落ち着いてみてくれないかな」


 彼女に不利な条件下で、尚且つ彼女が俺に手を出さない条件下でなければ俺の身の安全は保障されない。


「落ち着いていられるほど悠長な時間はないわ」


「何故だ」


「見てわかるでしょ!私の!身体が!沈みかかっているからよ!」


 沈みかけの状況と言うのはどうやら落ち着きを生み出すのと相関はないらしい。


 さて、自分でこの底なし沼を設置したのだが、原理がわかっているだけにあまりこの沼に足を踏み入れたくないというのが本音のところである。


 汚い、と言うのは見た目もそうだが、その原理についても当てはまる。


 この底なし沼は単に沈むと言うだけでなく、中に沈んだものの魔力を奪う作用がある。奪い取った魔力を用いて沈んだものの自由を奪い、拘束し、沈みこませる。一度発動さえしてしまえば、あとは半永続的に作用する、実に汚い魔法である。


 魔導士としての気品に欠け、見栄えも悪い。悪いことをする以外に使い道のない、一般教養では絶対に教えられることのない魔法である。


 そして、一番の難点は解呪の魔法が確立されていないことである。術者である俺も足を踏み入れれば魔力を奪われる。


 正直今裸足なので絶対に入りたくない。


 だが、騎士道を重んじることのない胸像の騎士は怒りを露わにし乍ら、その兜の奥から鋭い眼光をぎらつかせている。どうにかして助けなければならないらしい。


 彼女の体内に残存する魔力はそれこそ底なしであるのか、彼女に疲弊する気配は微塵も見られない。


 バカみたいな魔力だな。バカ魔力だ。



 さて、沼に近づかずさらに彼女を引き上げなければならないとなれば、何か棒のようなもので彼女と俺をつなぐことくらいしか思いつかない。


「レイナ、まずは沈みかかっているその剣を引き抜けるか」


 レイナは「それくらいなら」と片手で剣を引き抜き、俺の方に投げた。悪意のある彼女によって刃先がこちらに向いていたので、俺は無論避けなければならなかったたが。


「これで手ごろな木の棒でもあればあんたを引き上げられそうだ」


「あら、それなら適したのがあるじゃない」


「どこだ」


「あなたが持っているでしょ。杖よ、杖。久しぶりに役に立ちそうね」


 形見である杖を人助け、それもよりによって物理的な方法で救えと彼女は言っているらしい。


 俺は切り裂かれたテントまで行き、中に置きっぱなしになっていた杖を手に取り、彼女のところまで戻り、そして、彼女に杖の柄の部分を掴ませ引き上げた。淡白な説明で済ませたが、感情を籠めずに話さなければこれほど面倒な作業を口にすることなどできなかった。


 師であるアストラルが俺のこの姿を見たら、きっと泣いていたか、叱責していただろう。


 ああ、悲しやと思えども他に方法が見つかるわけでもなし。今にも錆びついてしまいそうな、使い古されたとは真逆の立ち位置にいるこやつにも使い道があったのだと思えば、心も幾分安らぐというものだ。


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