第12話

 一瞬で射程圏内にまで近づかれ、素早く振り下ろされる刃を手にしていたナイフでかろうじて受け流す。だが、その強靭さに耐えきることができず、刃がこぼれ、砕けた。


 腕にしびれるような痛みが走る。単純な馬鹿力というわけではなく、魔法の加護によって威力が上昇していると言った感じだろう。


 一撃で終わるはずもなかったが、次々に続く剣の雨に俺はすんでのところで躱すのが精一杯であった。


「防戦一方じゃない。さっきまでの威勢のよさはどこにいったの」


「そうやって油断していると痛い目を見るぞ」


 事実彼女の攻撃に防戦一方であり、反撃する手立てなど何も思いつかない状況である。

 とはいえ、負けに負けて土下座するのも癪に障るので、何か手を打たねばならない。

 倒れた木々を使い高い足場をとる。彼女の剣の動きは平地での動きは必滅に等しいが、高い位置にいればそれなりに防げるものがあった。


 レイナも手を止め、俺の動きを伺っている。生きるためには信念を曲げなければならないときもある。やれやれとため息をつきながら、俺は土魔法を使う覚悟を決めた。


 しかし、あくまでも彼女にばれない範囲での話である。そして、この周囲の冒険者にもばれない程度の魔力の範囲である。幸いにも冒険者の足の少ない位置にテントを設置したのでとても強力な魔法を使わない限りは、その限りではないだろう。


「レイナ、お前が強いことは認める。だが、経験の違いが戦いにおいて重要だということを教えてやる」


 正直行き当たりばったりだが、一番適応する作戦を思いついた。おそらく一番汚いが。

 この状況においては裸足であることが幸いした。地に地肌が触れていれば土に魔法をかけることができるからだ。


 問題があるとするならば、一度地の利を得たこの状況から降りなければならないということである。そして、降りるということは彼女の攻撃を非常に危機的状況の中で逃げ続けなければならないことと同義である。


「高いところにいないでさっさと降りてきなさい。それとも、その地の利、私が崩してあげようかしら」


 レイナは力を籠めた。だが、それと同時に強大な魔力が集まる。彼女一人で扱うには大きすぎる魔力だった。


 そして、その強大な魔力は俺自身の発動する魔力を周囲から認識させなくする。俺は即座に後方へと飛び降り、彼女の斬撃を躱そうとする。だが、その避け方はあまり正解とは言えなかった。


 彼女の斬撃の及ぶ範囲を測り損ね、右脚に切傷を受ける。だが、痛みはない。傷を受けたという感覚だけがある。着地には何の支障もきたさなかった。即座に魔法を発動し、仕掛けを施 彼女の斬撃の及ぶ範囲を測り損ね、右脚に切傷を受ける。だが、痛みはない。傷を受けたという感覚だけがある。着地には何の支障もきたさなかった。即座に魔法を発動し、仕掛けを施した。


 衝撃の余波を受けた木々は粉々に砕かれる。近距離であの攻撃を受けた場合、切りつけられるだけでは済まないようだった。あながち自分の避け方は間違いでなかったと思い直した。


 瓦礫を踏みつけるようにレイナの姿が現れる。木漏れ日が彼女を照らし、得も言われぬ神々しさを見せつける。


 なるほど確かに。


 戦いにおいて彼女が誰にも負けないと自慢げに語るのも無理はなかった。


 だが、それだけだった。彼女は強い。それは認めるが強いだけだ。


「ちょろちょろ、ちょろちょろ。逃げ回ってばかりで攻撃の一つもしないんですか。それともあれですか。私のことをなめているとでも」


 剣を握り、興奮し、随分とハイになっているようだった。騎士というよりも狂戦士の類と何ら変わりないかもしれない。顔こそ拝むことは出来ないが、だいぶ恐ろしい形相になっていただろう。


「まあ、落ち着けよ、レイラ。見えるものも見えなくなるぞ」


 これは俺からの最後通告であった。あれだけ頭に血が上っている彼女ならば、大抵の魔法で融通を利かせても何かしらの言い訳ができるに違いない。


 彼女に俺の言葉は聞き入れてもらえなかったようだ。既に剣を構え俺に向けている。対して俺と言う人間は、ナイフを砕かれ、持っていたはずの弓矢は灰燼に帰し、丸腰同然で白銀の騎士に立ち向かっている。傍から見ればこの光景は決闘ではなく一方的な殺戮である。


「止めを刺しておかないと、その口は塞がらないのかしら」


 破竹の勢いでこちらに斬りかかる。


 その時だった。

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