第11話

 落ち着いた朝を迎えるはずであった。快適な朝を迎えるはずであった。いや、予定されていた未来と言うわけではないものの、それは無意識のうちに期待していた未来であった。


 俺は殴打により起床した。


 理由はわからぬ。起床と同時に痛みを感じた。外敵の気配は感じられなかったが、眼前に映る闘牛のような闘いの姿勢を見せるレイナの姿を見て、彼女に殴られたのだとすぐさま悟った。


 腫れあがる頬に触れる。熱を帯び、鋭痛から鈍痛へと既に切り替わっていた。


「レイナ、何やら事情があったのは察するが、何も眠っている人間をいきなり殴るのはどうかと思うのだが」


 起床して即座にこれほどの冷静な応対ができるほどに俺の意識は明瞭なものであった。


 膝立ちで彼女に相対し、息を荒げ乍ら既に剣の刀身を抜こうとしている彼女に俺は正直ビビっていた。テントが壊れる。


「眠っていたと、アスラ。あなたはそうやって言い訳するつもりなのかしら。その明瞭闊達な文言からあなたが寝ぼけているようには感じられないのですが」


 あまりにも冷静に振舞いすぎて、彼女の不信感を得る羽目になってしまったらしい。


 ああ、面倒だ。


「それはあんたが俺の顔を殴ったからだろうが。起きるに決まっているだろう。それに俺が何をしたと言うんだ」


「いいでしょう。あなたがとぼけて自らの罪をなかったことにしようとするのなら、私にも考えというものがあります」


 いや、ない。考えなど絶対にない。既に剣を引き抜こうとしている。魔力を帯びた白銀の剣は神々しさを感じさせるほどに眩く輝かしい。ここがテントの中でなければ相当な迫力があったことだろう。いや、それほど離れていない間合いの中でその剣を見る別の迫力はありはしたが。


 刀身が完全に露わになった。


 眼前に映る刀剣に俺は今までにない危機感と死の恐怖を抱いた。


 一閃。


 数尺ほどの間合いにいた俺は即座に身体をかがめ横一閃に振り払われる刃を躱した。

 

だが、動くことを知らぬテントは易々と切り裂かれた。このクエストを受注してから既にいくつもの備品を壊している。消耗品であれば納得がいくが、どいつもこいつも普通なら壊れないものだ。


 本気で怒りたい。


 彼女との間合いを取り、腰に常備していた小型のナイフを抜く。

 彼女の斬撃で周囲の木々の何本かが切り倒されていた。これほど広範囲に及ぶ斬撃など聞いたこともない。魔法剣にしても度が過ぎている。

 そして、褒め称えるべきはその刀身を包んでいた鞘である。尋常ならぬ魔力を有する剣を隣人に感じさせぬほどの封じる力の強さ。見紛う事なき名剣である。


 彼女が魔力に対して鈍感であったのは単に彼女が魔法の鍛錬を積んでいないからということだけでなく、彼女が常日頃からあの剣と共に生活していたことが起因しているかもしれない。あれだけの近距離であれほどの魔力に晒された生活をしていれば、それは鈍感にもなろう。水の中で生活している魚に砂漠の喉の渇きを知っているかと尋ねるようなものである。


「許しませんよ。あなたを信用していた私がばかだったとでも言いたげな行動です。ええ、とても勉強になりました」


 普段横柄な態度をとるのが得意な彼女が慇懃無礼なほどに丁寧な表現で冷静さを貫こうとする姿勢。その姿勢が既に恐ろしい。


 周辺の木々と、元々の足場の悪さが起因して彼女は動きづらいはずである。

が、既に魔具により全身を鎧姿に変えた彼女の姿は一介の騎士以上の畏怖を俺に植え付けていたのと同時に、強靭な装備が足場の不安定さを緩和させていた。そこらに散らばる木々など砕く勢いだ。


 対して俺は裸足のまま。


 地に散らばる砂利が足の裏を刺激して痛いこと止む無しである。が、こんなことに魔法を使っていては魔法を捨てたと心に決めた自分を易々と裏切る形になるので、我慢した。


「謂れのない罪で断罪される気はない。レイナ、お前の実力を測るいいチャンスでもある。大口叩いたんだから、それだけの実力を見せろよ」


 俺こそ彼女の前で大見得きったものの、その胸中は如何にしてこの場を収めるかに集中していた。


「あなたこそ、熟練の冒険者が初心の冒険者に負けるなどと言う恥をかかないように気をつけなさい」


 言うにつけて、彼女は大きく踏み込んで突進した。間合いを取る暇もない。


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