第10話

「起きている」


 急に声をかけられたので心臓が飛び出そうな勢いで驚いた。が、その驚きを声には出さずにあくまでも落ち着いた様子で返答した。


 風はなく静寂が続き、俺たちの声だけが音を支配した。


「唐突な話をしてもいいかしら」


 唐突な話以外に彼女から話しかけてきたことが果たしてあっただろうか。そして、その言葉が既に唐突であることは気づいているだろうか。


 声には若干の疲れと落ち着きが見えた。彼女の中で何か整合性が取れたのかわからぬが、少なくとも何か話す心構えをして声をかけたことは間違いない。


「するなと言ったところであんたはするだろ」


 俺はため息まじりにそう答えた。


「そうね。じゃあ、話すわ」


 背中のあたりでごそごそと音が聞こえた。


「どうして私と共にクエストを受けてくれたの。自慢ではないけれど、私の相手をするのは骨の折れることだと思うのだけれど」


 それを自分で言うのか。


「俺は最初に断ったはずだが」


「それでも今こうして私のクエストを手伝ってくれているわけでしょう」


「それは、まあ、そうだが」


「見たところ、お金に困っているわけでもなさそうだし、クエスト報酬を釣り上げたところでそもそもあなたの決断って変わらなかったんじゃないかしら」


 日銭に困っているわけではなかったが、それでも安定した利益を求めて生活していることは間違いない。


「レイナ、あんたのその思考はまずい。人間だれしも善意で動いてくれるわけじゃない。俺は個人的な利潤に導かれてお前のクエストを引き受けただけだ。大層な理由がそこに根付いていたわけじゃない。人を過大評価するな」


 別に彼女に恩情を売って懐かれたいわけじゃない。


「無償の恩情と言うわけではないということかしら」


「そういうことだ」


「後学のために聞きたいのだけれど、どうして」


「それこそ聞いてほしくない話だ。俺にも掘り返されたくない話の一つや二つ存在する」


 それ以上は言わないでもわかるだろう。話したくない身の上話についてはお互い避けようではないかと伝えているつもりであった。


「そうね。てっきり気づいているのかと思ったから」


「そうだな。俺は気づいていない」


 俺はそう答えることでもう一つの意図を彼女に伝えた。彼女は俺の言葉に応えるかの如く、俺の背中に手をそっと当てた。


 いや、どうして彼女の手が触れているのだろうか。俺たちは先ほどまで背中合わせになっていたはずだ。いつの間にやら彼女はこちらを向いていたらしい。


 心臓の鼓動が高鳴るのを彼女に悟られる前に俺はその手を避けるように前へ動いた。


「明日も早い。さっさと寝てしまった方がいいぞ」


 そうは言いつつも、眠るのを妨げるような動悸のせいで俺はしばらく眠れそうになかった。

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