第9話

 彼女と共に湖のほとりにある露天商の溜まり場に向かった。


 日は暮れているにも関わらず、俺が以前来た時と変わらない賑やかさを見せていた。アルカナほどまではいかないまでも、北の山の湖も立派に町と言えるほどの様相を成していた。


 立ち並ぶ商店の中から生鮮食を扱っている店の店主に声をかけた。


「久しぶりだな。肉と交換してくれないか」


 懐に収めていた魔法の袋から採集した山菜を取り出し、店主にちらと見せた。


 声をかけられた店主は最初まじまじと俺の顔を見ていたが、そのうちに俺の顔を思い出したらしく「おお、幸運の冒険者さんじゃないですかい」と、俺の知らない通り名で呼ばれた。


 どうやら、北の山の湖でも俺の「幸運」は広まっているらしく、そして、俺の扱う山菜の一覧はとても取引の信用度が高いらしい。土魔法の使い手として国から追い出された人間が「幸運」とは皮肉なものだ。

 一連の手続きを流れ作業のごとく済ませ店主から肉を受け取り、その場を後にした。


「本当に簡単に手に入ったのね」


 袋に詰める前の剥き出しの生肉を手にしていた俺に、彼女が感心した様子で話しかけた。


「だから得意と言っただろう。どうだ、今ここで食ってみるか」


 俺は腰に携えていたナイフで分厚い塊の肉を薄く一枚切り、彼女の前にひらひらと見せた。


 脂ののった赤身が彼女の目の前に晒されている。


「これ、火を通していないけれど、食べても大丈夫なのかしら」


「問題ない。同じ食い方をしていては、そのうちに飽きが来るからな。こうして生肉をつまんで、後で焼いた肉を味わい、残りは干すか燻製にすれば日持ちする」


 レイラも俺の言葉を聞き少しながら感じるところがあったのだろうか、恥ずかしそうにしながらも生肉を手に取って口にした。


 火を通していないため歯切れが悪かったのだろう。長々と噛んでから、そのうちに飲み込んだ。


「生肉なんて初めて食べたわ。新鮮な味わいね」


 おいしいとは言わなかった。俺の舌が貧弱なのか、それとも彼女の舌が肥えているのか。単に好みに合わなかっただけかもしれない。


「冒険者を長いこと続ければこういうこともある。貧乏なら貧乏なりの贅沢があるんだよ」


「そう、なのね。でも、そうした工夫から新しい食べ物が生まれる。とても勉強になるわ」


「そうか。だが、この程度の話、アルカナ付近に住んでるやつなら普通の話だ。あんたは城下町付近に住んでいたのか知らんが、随分と身なりがいい。きっと育ちが良かったんだな」


 彼女は動揺した。あまり表情の変化を見せない彼女が顔を歪めている。


 俺が初めて彼女のことについて言及したからであろうか。


 聞かれたくないことだと言うのは最初から理解していた。にもかかわらず、彼女が育ちのよさそうな振る舞いを変えることができないでいるのは、自分が育ちの良い生まれのものであることを理解していないからだろう。


「あまり、話したくないの。深く聞かないでくれると助かるわ」


「過去を詮索しないのが冒険者の気楽なところだ。気に障ったのなら深くは聞かないさ」


 そういうと、彼女はほっとした様子で柔らかな笑みを浮かべた。


 湖のほとりより少し離れた、木々が生い茂り地面に凹凸のあるところを選んでテントを設置した。地平に凹凸がある方が他の冒険者に選ばれづらく、木々がある方がテントを設置しやすい。魔法を使えば地面の起伏など容易に平らでふかふかのベッドのような感触にすることができる。大変地味な能力であるが、土魔法の恩恵に与る数少ない場面だ。


 レイナの前で魔法を使おうと彼女は魔力を感知するのがだいぶ鈍いようであったから無詠唱であれば気にせず用いることができた。


 俺がテントを設置し終えるまで彼女は何も言わずに眺めていた。


「レイナ、お前の分のテントも準備するから出せ」


 俺が彼女の方に振り向いて尋ねると、レイナはきょとんとした表情を浮かべていた。


「私の分はないわ。あなたのテントの中に私も入れてもらおうと思ったのだけれど」


 まさか本気でその言葉を吐くとは思わなかった。冒険者として信用されているらしかったが、若干不服な部分はある。


「もう、反論する気にもなれん」


「酒場のときにも言ったけれど、別に何もないんでしょ」


 彼女の不安定な精神状態はなんなのだろうかと若干不安にもなる。質問するなと言っておいて、距離をとる姿勢は見せない。こう言ってしまえば自意識過剰なのかもしれないが、俺に興味を示しているようにも見えた。


 彼女が自分のことを語りたがらないように、俺にも語ることのできないことは存在する。正直なところ彼女にこれ以上精神的な部分で近づきたくなかった。


 二人分の毛布を用意し一つは彼女に手渡す。テントの中に彼女を渋々であるが招きいれた。中に置いていたランタンに魔法で火をともし、彼女を寝かせる。


 翌日の準備を済ませ、自分も身体を横にした。彼女と背中合わせに寝転がった。彼女は何も語らず、早々に眠ってしまっているようだった。


 ランタンは魔法が切れれば自動的に消える。時間の経過とともにランタンの明かりはチカチカと点滅して、そのうちに消えた。


 明かりが消えると俺も目をつぶり、眠りにつこうとした。


「まだ、起きているかしら」


 ふと、沈黙を貫くような彼女の声が届いた。


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