第8話

 先の一件以来、道中に何か見つかることはなく、何に出くわすこともなく、極めて安全で快適な道のりであった。彼女が寄り道しそうになったのを何度も制することがなければ何の心配もいらない道のりであった。


 しばらく歩きどおしであったが、日没前には湖のほとりにたどり着くことができた。

 他の冒険者もある程度見ることができた。キャンプ場と言うよりはアルカナの酒場の雰囲気と何も変わらない光景が目の前には広がっていた。野宿するためのテントが幾つも設置されており、冒険者ならば当然ここに来ると言わんばかりであった。中にはロッジや仮設住宅が建設されていて、冒険者によりよい環境を提供していた。


「おお、なんだ。恋人同士でクエスト回ってんのか。近頃の若者は盛ってんな」


 出会い頭に絡まれた酒飲みに開口一番罵倒された。酒飲みの男の額にある傷は大きなものであり、何かしら危険と巡り合いながらも生き残ってきたことを示していた。


「ちょっと、勝手に決めつけないでくれるかしら」


 迷惑そうにしながらレイナは答えた。


「久々に会った妹だ。顔が似ていないからよく間違われるけどな」


 表情一つ変えずに嘘をついてみたが、彼女の方は俺の嘘に芳しく思っていない様子であった。


「なんだ、兄妹なのか。それはそれは野暮な話だったな。まあ、協力してほしいことがあったらいつでも相談に乗ってくれや。つらいこともあんだろ」


 兄妹ときいて何かしら事情があるのだろうと勝手に察してくれたらしい。

 絡んできた男は元の輪の中に戻ったらしく、酒を飲みなおしいていた。


「ちょっと、兄妹って何よ」


「不服だったのなら謝る」


 平に謝ると彼女も少し乍らたじろいだ。


「それと、ここにいる間はその板金鎧は外した方がいいかもしれないな」


「別に、迷惑に思ったわけじゃないけれど」


 そうは言いつつも、彼女は不服そうに言った。


「その方が楽だと言うならそうするわ」


 特に道中問題なく進んだが歩き通しであったことが彼女には堪えたようだ。声に疲れが見える。俺の言葉に対して抗うことをやめ、従順な姿勢を見せるあたりそう感じる。


「何か余計なこと考えてないかしら」


「いや、何も」


 見透かされたようだった。


 フルセットで装備されていた彼女の鎧が、まとめられた形で彼女の背に背負われると、随分と身軽そうな恰好に変わった。というより、少し女性らしい装いに変わったと言った方が正しいかもしれない。

 簡易的な魔具により、衣服の着替えも一瞬とは簡単なものだ。一定以上の階級の人間でなければもつことなどないのに。

 白いワイシャツに浅葱色の長い丈のスカート。簡素な恰好ではあったが、ワイシャツでいえば、ボタンが留められている箇所より数寸離れたところにレースの飾りが。スカートでいえば、独特な折り目と布地の裁断によって手間がかかる、もとい、手の込んだ装丁であった。


「何、そんなにじっと見られると恥ずかしいのだけれど」


「あ、いや、甲冑を身に纏った姿しか見ていなかったからどこか新鮮な感覚でつい」


 どことなくやはり育ちのよさそうな感じが見受けられた。それは彼女が身に纏っている衣服だけが理由なのではなく、彼女の佇まいそのものにもどこか気品が感じられた。

 髪は長く、右肩のあたりで束ねられており、まとまっていた。青と言うよりも翡翠の色をしたその瞳はどこか神秘性を帯びており、暗い夜を照らすかのような怪しい輝きを見せていた。


 彼女の姿にどこか見覚えがあった。


 見目麗しき彼女の姿を見て、俺はまずそう思った。


「人に見られるのってあまり好きじゃないの。ごめんなさいね。それより、食事の方はどうするのかしら」


 十分以上に彼女の姿をまじまじと見てしまっていたらしかった。見惚れてしまったわけではないと信じたいが、何故だか胸のあたりが落ち着かない感じがしてもどかしい感じがする。


「あ、ああ。採集した山菜を酒場の近くにいる冒険者たちに売りに出す。ここらの冒険者は腕こそ立つが、食い物の目利きはよくないからな。肉しか食わないあいつらにこうした山菜は色物に映るのさ」


「そんなに自慢するのはいいけれど、目利きがないなら私と同じ感想を抱くんじゃないかしら。私にはそれこそ、人が食べるものには見えなかったのだけれど」


 彼女は怪訝そうな顔をしたが、俺は予想通りと言った感じだった。


「まあ、これでも冒険者の中でも顔が利く部類になっていてね。これくらいの食い物簡単にさばける」

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