第7話
茂みの奥からの魔力。一点に集中している。
俺はすぐさま彼女の腕をつかみ、そして抱きかかえるようにして持ち上げ、駆けた。
跳躍、加速。地を踏みつけ茂みの奥の何かから逃げる。無意識で魔法を発動し、地の力を借りて思い切り走り、そして反対の茂みの奥に隠れようとした。
その刹那、俺の背中をかするようにして怒号が駆けていった。
突如として巨大な炎が直線状に森を貫いた。爆風と激しい熱が突如として訪れ、吹き飛ばされた。
間一髪で炎から逃れはしたものの、抱きかかえたレイナもろともなぎ倒された。
レイナを押し倒すような形でそのまま倒れ込んだが、何か言いたげな彼女の口をふさぎ、俺は声を殺して周囲の様子を伺った。状況のわからない彼女は無論暴れた。
だが、切羽詰まった俺の表情を見て、彼女も何か腑に落ちるところがあったのか、暴れるのをやめた。
大きな足音が聞こえてきた。その音は地を削り取るような力強い足音だった。
「あれー。さっきまで人がいたはずなんだけどな。そのまま焼き殺しちゃったかな」
人の声が聞こえた。聞こえてきた言葉には何の罪の意識もない様子であった。
静かく、深く。
俺はそこにいる誰かに気取られないよう気配を消すよう心掛けた。
「おふざけで山を焼かんでください」
別の声の男が軽口を叩く男を制する。彼らの様子を伺いたかったが、彼女に覆いかぶさっている状況では見ることは出来なかったし、動けば感づかれてしまいそうであった。
「いやー悪いねえ。お前に新しい鳥竜種の実力を見せてやろうかなと思ってさ」
お前に、ということは現状近くにいるのは二人の人間と、巨大な生物が一頭、しかも鳥竜種であるらしい。そんなところだろうか。声だけでは如何とも判断しづらい。
「いや、そいつがすげーのはわかってますって。あんま人ばっか狙ってっと冒険者ギルドに目をつけられかねません。これ以上は穏便にいきましょうや」
「お前も長いこと俺のそばにいてわかんないかねえ。お世辞でもいいから今すぐにでも誉めてもらいたいもんなのさ、俺って奴は」
「今、誉めたじゃないですか。ドルジさんも俺のことわかってくださいよ。俺は口下手だって」
「うーん、知ってる知ってる。ダングスは確かにそういうやつだった。俺の機嫌も回復したことだし、さてさて、行くとするかねえ」
「機嫌よくなったなら早いところここを離れましょう。他の冒険者に見つかりたくない」
身体中の汗が一気に噴き出すような感覚であった。それでも身一つ動かさず、静かに、深く呼吸を重ねた。
「ま、そうだな。面白いもんも見つけたし、今回はここら引いとくのがいい」
会話をしていた彼らは木の枝をへし折る音を交えながら徐々にその足音を遠ざけていき、そして消えていった。
完全に気配が消えるまで、俺はそのまま動かないでいた。
「ねえ、そろそろいいかしら」
レイラを押し倒したままにしていたことに気付かなかった。
すぐさま彼女から離れ、茂みから出た。年頃の女性と密着するほどの距離になることなど今までの人生で存在しなかった。それは自分の身近に年頃の女性がいなかったこともそうだが、仄かに香った彼女の柔らかい匂いにほだされたとかそんなこともないこともなかったが、いや、そんなことは今はいい。
今は彼女に怒られないかが気がかりであった。この先のことを考えると険悪な関係になるのはまずい。
「いや、すまない。ことは急を要した。いや、言い訳をするつもりではなくてだな」
「別に、こんなことで怒るような性格はしてないから。それより、あの男たち何なの」
立ち上がり、身体についた草葉を払いながら彼女は尋ねた。怪訝そうな顔をしながら見ていた俺のことを察してくれたらしかった。
「わからない」
罪悪感が残り、彼女の方を向けない俺は消し炭になり、黒く染まったかつての木々に目をやった。まだ、火が残っているところも存在していた。
そして手にしていた弓矢の燃えカスをそっと眺めた。
形だけがそこに残るが、黒ずんで到底使いものにならないだろう。新調したばかりであったので、名残惜しさはやんごとなきものであった。
彼らには何かしらの形で仕返しをしなければ気が済まないが、報復するにも顔がわからないではどうしようもない。
「わからないって、じゃあ、どうして私と担いで逃げおおせることができたの。私にも何かいたのはわかったけれど、あんな火の玉を吐き出すなんてわかりっこないもの」
彼女の言葉に少し感じるところはあったが、まずは彼女の疑問に答える方が先だと感じた。
「俺は魔力が森の中で集中しているのを感じ取ったに過ぎない。これでも魔術を学んでいた身だ。そのくらいのことは多少ではあるができる」
「へえ、魔力ってそんなに感じ取れるものなのね。私には何も感じられなかったわ」
「魔力は一定の閾値に達すると認識できるようになる。その閾値は人によって様々で、感じやすい人間と感じにくい人間がいるというだけの話だ」
若干のニュアンスがあったものの、説明できたと思った。
「わかりそうでわかりにくい話ね。要するに、あなたは魔力を感じやすい人間で私は感じにくい人間ってことなのね」
俺の説明できたと思ったその自信は脆くも崩れ去った。
「まあ、ざっくり言えばそんなものだ」
彼女はどうやら十分な理解には至らなかったようだが、別段これを知ることが重要なものでもなかったので気に留めなかった。
しかし、彼女の言う通り、彼らは何者であったのだろうか。人の死を意に介さない姿勢、欠片もない罪悪感。北の山には生息していなさそうな鳥竜種の痕跡。疑問は尽きないが、彼らが危険な存在であることは間違いなかった。
そして、自分たちはその危険な存在に見逃してもらったということだ。彼らは俺たちが先ほどの炎を回避したことに気が付いていた。でなければ「他の冒険者」などと言う言葉を用いたりするはずがなかった。彼らが冒険者ギルド忌避する言葉用いていたことからも彼ら自身が冒険者である確率は低い。
ドルジと呼ばれていた人間が面白いものと揶揄したのはおそらく俺のことだろう。俺が無意識で用いた魔力をドルジは感知したらしかった。そう判断できた。
そして、彼女、レイラにも少しながら白状してもらわなければならない部分がありそうだ。彼女の存在が今回の件と無関係とは言えなくなってきたからだ。俺の中に生まれた彼女への疑念は抱き続けたままクエストを続けるのに支障をきたすに違いないと、短い俺の冒険者生活が語りかけている。
ふと、彼女の方を見つめた。相も変わらず能天気にひらひらと舞う蝶を視線で追いかけながら、どこか楽しそうに振舞っている。目の前の惨状などどこへやらと言った感じである。
初心の冒険者にしては随分と肝が据わっていると思った。何かしら、壮絶な人生を積み重ねた過去があるのかもしれない。それは身に纏う板金鎧からもある程度は想像がつく。
彼女は一体全体何者なのであろうか。一つ一つ、彼女の行動から見える綻びは俺に不安を抱かせたのだった。
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