第4話
五年ほどの月日が果たして冒険者として、もしくは狩人として長い経歴になるのかわからなかったが、さほど悪い気はしなかった。
冒険者生活が板についていると言われているような気がしてどこか誇らしかった。
「あんたは魔導士を求めていたんじゃなかったのか。他に腕の立つ魔導士はいくらでもいるだろうし、それに俺は基本的に個人で動いている。手の空いている魔導士を気軽に相談できる人間でもない」
彼女は何やら答えづらそうな表情をしていたので、とりあえず向かいの席に座らせ、事情を聴いてみることにした。
彼女は周囲に聞こえない程度の小さな声で俺に話した。話してみれば簡単なことで、俺という人間が彼女と同年代であったこと、極力少人数でクエストに臨みたいという理由から俺が選ばれたらしかった。
身なりを見て、冒険には慣れていることまでは見抜いたらしかったが、魔導士でないことまでは判断がつかなかった。
テーブルの脇に置かれていたのは短剣と弓と矢筒、そして杖だった。
俺の職業など理解する方が困難である。別にそれならば、敢えて魔導士と言う言葉を用いずともよいと思ったが、口にはしなかった。
彼女の要求に見合う人物は周りを見渡しても、なるほど確かに見つからない。俺ほどの年齢の冒険者は才能や事情さえあればどこにでもいそうなものであるが、珍しい話もあるものだ。
初めてのクエストであるのか、はたまた訳ありの人間であるのは間違いなかったが、いずれにせよ面倒なくじを引かされたものだと嘆いた。
しかし、クエストの内容次第では彼女を助けてやってもいいと思った。路頭に迷ったとき、俺を助けてくれたのは他でもない冒険者だったからだ。
身寄りのない俺を助けてくれたかつての冒険者は、ともすると今相対している彼女に対して抱いている俺のような気持ちだったのかもしれない。
「それで、肝心のクエスト内容を聞きたい。あんたの話は理解できるが、内容如何では協力できないかもしれない」
「話を聞いといて受けないというのも男らしくないわね」
一々癇に障る物言いをする人だ。
「まあ、いいわ。討伐したいのはアルカナの北の山にいると言われているコカトリスよ」
コカトリスという言葉を聞いて俺は驚愕した。
「コカトリスだと。あんた、ふざけたこと言わないでくれ。見つけるのに何日かかると思っているんだ」
コカトリスはアルカナの北の山に生息する鳥類の一種であった。気性の荒さ、獰猛さもさることながら、一番骨を折るのはその巨躯に似合わぬ出現率の低さであった。コカトリスの肉はうまいという理由で足を運んだ冒険者が数日後、飽きて近くの森の野兎を焼いて食べていた姿をよく覚えている。
クエストの難易度はCランク。その難易度は四人以上で臨まねばならない難易度であった。が、人員を要するのは見つけても、暴れまわった隙に逃げてしまうからである。
それを二人で探すのはどれほど骨のある作業だろうと考えただけでも疲弊してしまう。
「でも、あなた以外に頼める人がいないのよ」
それはあくまでも彼女の基準での話であった。妥協する部分をはき違えている。
「それにしたってだ。日没にはこのアルカナに帰ってくるのを繰り返すのか。北の山に行くだけでも一苦労だと言うのに」
「そんなの、野宿すればいいじゃない」
「年頃の男女が簡単に野宿していいものじゃない」
自分で言っていて気恥ずかしくなり、俺は顔を隠した。
「あら、何かするかもしれないということかしら。あなたの冒険者精神はそんなものなのね」
「見下げるな。俺はそんな不埒な感情で冒険者をやっているわけじゃない。それに野宿するにも準備がいる」
別段、高尚な目的で冒険者をやっているわけでもなかったが。
「準備と言っても特別必要なものがあるわけでもないでしょう」
「確かに特別必要なものはない」
「それじゃ、何も問題ないわね。報酬は9:1。あなたが9よ。決して悪い話じゃないと思うけれど」
四人以上の討伐で臨まなければならないクエストで仮に九割の報酬を手に入れたら。俺は少し考えてしまった。確かにクエストの困難さに見合う報酬が手に入る。
「考えてくれているってことは契約成立まで一歩と言うところかしら」
彼女は俺が注文していた黒胡椒の手羽先に手を付けた。いや、いいんだけどさ。いいんだけどさ。
「いや、確かにうまい話ではある。しかし、あんたにメリットが見えない。コカトリスの討伐にそこまでする必要がどこにある」
「そんなの簡単よ」
彼女は立ち上がり、にこりと笑ってこう答えた。
「私もコカトリスが食べてみたいのよ」
笑みを浮かべたその口元には黒胡椒がついていた。
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