第一幕 Ⅲ
「『私たちには育てられません。どなたか拾ってやって下さい。』と、書かれた手紙が一枚…自分がしたいようにする、だから子どもを捨てる。ふふ、嫌いではありませんよ。」
「だからって、こっちはいい迷惑よ。」
あやしているつもりなのか。
ドールはカゴを自分が思う適度な幅で揺らしていた。
彼女の眉間には皺が寄っていた。
「もうちょっと年頃の男の子を捨ててくれた方が…。」
「黙りなさい、品が無い。」
ドールの話は、またもかき消された。
「それに、年頃の男の子なんか、そうそう捨てられませんよ。」
ムッとした表情を浮かべるドールを気にせず、セバスチャンは彼女からカゴを取る。
「ハクシャク。ワインの肴に、この子の若々しい生き血でもどうです?譲りますよ。」
「そう、だな…。手紙には他に何も書いていないのか?」
無の顔で男は答える。
それを見た執事はすぐに手紙を自分の前でくるくる回した。
「えーっと…裏にこの子の名前が書いてあるくらいですかね。」
「そうか。」
そのままの顔で、ハクシャクはテーブルにグラスを置く。
「ドール、妖怪の嫌いなものは退屈。そうだよな?」
「え、えぇ。」
「セバスチャン、こいつは私のモノなわけだな?」
「はい。」
そして、
やはり、
笑う。
「クク、はーっハッハッハ!!これは面白い楽しみができた!二人とも、こいつは私が育てる。」
破顔する男とは対照的な顔を浮かべ、
「「…は?」」
二人は声をそろえた。男はセバスチャンからカゴを奪う。
「私のモノ、ということは、人間がつけた名前なぞに価値は無いな。何と呼ぶべきか…。」
「ちょ、待ちなさいよ。」
困惑、あきれ。
怪訝。
彼女の声と顔がそれらを表現していた。
「何だ?何か文句でもあるのか?」
男の言葉でさらにそれらが強くなる。
「文句って…ってか、ここで育てる気?」
「当たり前だ。魔界に連れ帰ったら大問題だからな。」
さらに
強くなる。
「どこでも大問題なんですけど。いい?昼は、太陽の光が照っているから行動できないのよ?もし当たったら、ゆっくりじわじわと苦しみながら死ぬのよ!?最後は砂になって…。それにお金は?食事は!?魔界と人間界を行き来できるのは、ハロウィンの日だけよ。もしこっちで育てたら、一年に一度しか、魔界に帰れなくなるのよ?」
「…ならば魔界で育てろと?」
さらに
さらに
強くなる。
「そんなこと言ってんじゃないの!」
「…幸い、ここは地下だ。日の光は入ってこない。我々は基本飢えでは死なん。こいつ一人の食事なんてどうとでもなる。金も同じだ。そんなに嫌なら、今日、お前一人で魔界に帰ったらどうだ。私たち以外に知り合いも身内もいない、お前一人でな!」
「…言ってほしくないところを、触れてほしくないところをずけずけと…。アタシが言ってるのは育てること自体が、」
「わたくしはハクシャクにつきますね。」
沈黙していた男は、片眼鏡を常に持ち歩いている黒いナフキンで拭きながら開口した。
「この子がわたくしの人生に支障を及ぼさないのなら、血を吸われようが吸われまいが、どう生きようが死のうが、関係ありません。人間界での生活も面白そうですしね。」
掛け直した丸い物体は単純に綺麗だった。
「人間の寿命は八十年かそこら。フランケン様も、それぐらいの暇は許して下さいますよ。」
「そういうことだ。孤独なフランス人形さん。」
「…っ。」
女は妖怪として、フランス人形として魔界に生を受けた。
どのようにして生まれたなんか覚えていない。
着飾った服は、昔からだった。
家族がいないのも昔からだった。
彼らと過ごすことになったのは偶然。
知り合いも身内もいないのであれば、彼らと離れられないのは必然。
だから曲がりなりにも答えは、
「わ、わかったよ、もう。」
ここで育ててもいいという意味で言えばYESだった。
そう言うと最初からわかっていた男たちは小さく笑んだ。
ホント、よく笑う。
女がそう思ったのと同時に、ハクシャクは口の形を変えず話し始めた。
「そうだ、それより、今日はお前たちだけで街を回っていいぞ。何せ私は、『子育て』で忙しいからなぁ。」
「さっきまで人間の血がどうとか言ってたくせにねー。」
苦し紛れの笑顔で、そしてわざとらしいほどの棒読みでドールは答えた。
「当分はこれで我慢するさ。」
カゴを片手で支え、空いた手で、ハクシャクはグラスを取る。
「言い忘れていたが…これは我が一族特製の『赤』ワインだ。何故『赤』なのか、何の『赤』なのか…。この『赤』色は何でできているのだろうなぁ…?」
ドラキュラ一族に伝わる、美酒。
彼らの好物は?
それを考えるより先に、二人の体は反射的に動く。
「「おえええええええええ!!」」
跳び出した二人が向かった先は、街灯の光る夜の街だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます