第一幕 Ⅱ

「久しぶりの人間界…そして今日はハロウィン…何でも面白いわねぇ…!悪態をついても笑えるのは、アタシたちが妖怪、だから。」

ハロウィン。今日は10月31日。

彼らは毎年、この日になると魔界からこの人間界に来ていた。

今彼らがいるこの部屋は、建物でいうところの地下一階にあたる。

元々ライブハウスだったこの場所は、人影が少なく、隠れ家に最適だった。

ベートーヴェンを流せたのは、まだ機械が生きていたからである。

ハクシャクはその機械をいじることなく、グラスにワインを注ぎ出した。

「好きなモノはお菓子、嫌いなモノは退屈…この一年ヒマすぎてヒマすぎて…体の火照りが取れなかったわ。」

「あら、貴方、フランス人形のハズでは?体が熱い、なんてことあるんですね。」

セバスチャンの皮肉を笑みで返すと、ドールは背筋と腕を伸ばした。

「んーっ…いくら人間界での隠れ家とはいえ、早くこんな薄汚いところじゃなくて、街に出たいわ。それで…まだ穢れも知らない男の子を…フフ。」

ドールの下世話な話は、ハクシャクの手を打ち鳴らす音によってかき消された。

「諸君!まぁ長いつき合いではないか。一つ街を練り歩く前に一杯飲もうではないか。」

すっと、ハクシャクは二人にグラスを差し出した。

丸みを帯びた容器には、半分ほど赤ワインが入っていた。

「おや…給仕など、わたくしに言っていただいたらしましたのに。」

「白々しいわよ、アンタ。」

「これは失礼、ミス・ドール。」

二人のやり取りに、ハクシャクは思わず溜め息を漏らした。

……今回のは喜び故のものではなかった。

「戯れ言は済んだか…?フゥ…では、音頭をとらせていただこう。」

ハクシャクが自身のグラスを上げるのに合わせて、ドール、セバスチャンの二人も同じようにグラスを上げた。

「今日は、死んだ者の霊が訪ねて来る日。ヒマを持て余したこの一年、退屈で死にそうだった。もっとも、太陽の光に当たらない限り、死にはしないのだが、」

「長いわよ。」

悪態…ではなく、純粋な苛立ちを見せたドールによって、ハクシャクの言葉はさえぎられた。

「失敬。それでは…」

グラスがさらに高く、上げられる。



「「「乾杯。」」」



三人は一気に赤い液体を飲み干した。

顔をしかめながら、セバスチャンは口を開いた。

「変わった味ですね。正直嫌いです。」

「半分人間、半分妖怪…そんな妖怪のなり損ないのゾンビには、お酒の味なんてわからないわよ。それとも…お子様には早すぎたかしら?」

悪態のつき合いは、絶えない。

「…そうですね。貴方はわたくしより数百年長く生きてますもんね、ミス・ドール。いや…オールド・レディと呼んだ方が正解かもしれませんね。プークスクス!」

「な…!」

その時だった。

それが聞こえてきたのは。

それは三人の耳朶を打った。

それは鐘でもクラシックでもない音。

それは泣き声。

子どもの、泣き声。

「なんだ?今日という日に泣き声か?子どもは仮装でもしてハロウィンごっこをしていればいいものを。」

「上の方からだわ…セバスチャン、ちょっと見てきてちょうだい。」

執事、という立場だからであろうか。

ドールはセバスチャンに顎で指図した。

「何なりとお申しつけ下さい。オールド・レディ、っフフフフ!」

「アタシ最近足腰が弱くてねー。ただの、非力な、か弱い、『若い』女だから。」

セバスチャンは見苦しいと言わんばかりの表情で、階段を上がっていた。

「もう一杯飲むか?」

いつの間にか入れたのか。

赤い液体を飲みながら、ハクシャクは女に聞いた。

ドールの返事はNOだった。

直後、泣き声が徐々に近付いてきた。

セバスチャンが戻ってきたのだ。

「耳をつんざくような泣き声ですね…秩序を乱した元凶を連れてきました。」

確かに、それは子どもだった。

だが、それはあまりに小さすぎた。

カゴにおさまるくらいに小さすぎた。

そのカゴをドールが覗き込む。

「あら、子ども…っていうかまだ赤ちゃんじゃない!男の子かしら?何でこんなところに…。」

セバスチャンは無言でドールにカゴを渡した。

彼の手には一枚の手紙が握られていた。

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