第88話 恋愛映画は苦手だから。
幼稚園の学芸会、中学校の修学旅行、初めて好きになったアーティスト、好きな教科、テストでとった最悪の点数、当時ブームになった芸人のシュールなギャグ。
流れていく景色に合わせてころころと色を変えていく、なんでもない話題。
八月の末にこうして遠出する物好きはやはり少ないらしい。私たちの乗る車両はほとんど乗客がおらず、穏やかに時間が過ぎていくのが地よい。
トンネルに入るたびに、私は子供のようにわくわくしていた。
隣同士の席に座って手をつないで。
カップルがこれから映画でも観るみたい。
「ああ……そっか」
こてこてな展開は嫌い。
甘くて、ありがちで、格好良すぎる台詞はもっと嫌い。
パンフレットを握りしめて、宝石みたいに眼を輝かせていた友達の隣で、かつて私はだらしなく頬杖ついてスクリーンの前で欠伸をしていた。
笑いあって、手を繋いで、こっちが呆れるくらい甘い台詞を吐く若手の演者たち。
でかでかと映し出される恋愛映画のキスシーンから、つまらないと目を逸らして寝たふりをしてた。
でも私、そういうのに興味がないわけじゃなかったんだ。
「どうしたのミツル」
隣にいるのは、主人公というより脇役系の童顔眼鏡。
私の手を、まだ包帯の取れない手できゅっと握ったその人から顔を背けて窓の外に移す。
恋愛映画は好きじゃない。
でも、私、きっと憧れてたんだ。
こういうの。
それを望む自分は自分らしくないと決めつけて。
してみたいって思うこと、恥ずかしがってたんだ、今まで。
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