第64話 女子会。

 その日の仕事終わり。

 竜沢さんが少し飲みに行かないかと珍しく私を誘ってきたので、それに応じて私は自宅に戻って化粧を直し、ホームセンターが閉店した後、近くの居酒屋で竜沢さんと合流した。


「ささっ、今日は私のおごりなんでどうぞ! 好きなものを!」


 タッチパネルを渡してくる竜沢さん。あからさまに気遣ってくれてる。


「大丈夫ですよ割り勘で、それに竜沢さん仕事上がりなのに私なんかに付き合ってくれて……申し訳ないです」

「別に気にしないでください。猫村さんの話を聞いた後は、剣木さんだなあと思ってたんで」

「ああ……」


 優しいな。竜沢さん、さりげない優しさがいい。


「最近、特に大変だったみたいですね」

「ええ、まあ」

「それにしても驚きましたよ、あの亀井戸さんと剣木さんがまさか三年も付き合ってたなんて! 確かに通い詰めてるなーとは思ってましたけど、私ぜんっぜん気づかなかった! 水くさいですよぉ! 言って欲しかったなー!」

「それは、ごめんなさい」

「ああ、でもやっぱり剣木さんって恋愛ごとおおっぴらに言いたくなさそうなタイプだと思ってましたから、納得はしましたけど」


 なんて言って、焼き鳥ともちもちポテト、アボカドと生ハムのサラダを注文する。ああナイスチョイス!

 私も、なんか飲もう。


「猫村さん、なにか言ってましたか」

「少し話して落ち着いたら反省してましたよ。やりすぎたって」

「そうですか……」

「聞いたら、亀井戸さんって猫村さんの前の彼氏さんによく似てるんですって」

「あの、その話」

「ああ、うん。猫村さんからは剣木さんに話していいって言われたから大丈夫です。写真見せてもらったんですけど、本当にそっくりで、性格もって。ここに来る前にフラれちゃったみたいですけど。猫村さんはどうしても別れたくなかったみたいで、ずっと未練があって……だから亀井戸さんを見つけた時、元彼氏さんの面影を見つけて、あんなに必死になっちゃったんでしょうね」


 その話を聞いて私は、なんだよ、人に気持ちがないくせに、失礼だ、だとかって言ったくせに。元彼に重ね合わせて、気持ちを募らせていくのもどうなの? と思ってしまうも。何故彼女があそこまで必死だったのかという理由はわかって、少し納得はした。


「まあでも、やったことは略奪だし、剣木さんにとっては許したくないことですよね。そこだけは、叱っちゃいました、それはいけないって」


 やってきたカシオレを受け取って、私にビールジョッキを渡して軽く乾杯。同時に呷る。

 竜沢さんが眼鏡を外し、お下げを解いた髪を弄ると、口元にある黒子がセクシーさを醸し出す。普段からこうしてれば結構な美人さんだよなあと、焼き鳥に手を伸ばして思っていると。ちょっと恥ずかしそうに彼女は打ち明けてきた。


「私は前に、盗られちゃったから」

「え?」

「高校の時ですよ。すーっごく好きな人がいて、もう頑張って頑張って! やーっと告白に漕ぎ着けて! やーっと付き合えたんですよ! その時はもう毎日がバラ色で、すっごい幸せだったんですよ。公園に寄り道して帰るのがいつもの楽しみで。でも、半年過ぎた辺りから、彼の方がだんだんそっけなくなっていって」


 それで、うんうん。と私はサラダを取り分けながら聞き入る。


「ヘンだなって思ってたら、他に好きな人ができたから別れようって。そしたら、その好きな人、私の親友だったんです」

「ええッ!?」


 なさそうで、たまにある話だ。


「私が告白するまでサポートしてくれてたんですけど、その頃から横取りすること計画してたみたいで、私と別れる時はもう既に体の関係にまでなってたみたいで……私は、まだだったんですけど」

「うわあ、酷い話……」

「ああもう、すごいショックでしたよ! 5キロは痩せましたもん!」


 好きな人と信頼してた人に同時に裏切られたらそうなっちゃうよ……。


「まーでも、あれですよ。そういう簡単に他の女になびいちゃう男なんてロクなやつじゃないから! 今は別れててよかったなーって思いますよ。私に魅力がなかったっていうのもあったかもしれませんけどね」


 でも。と、竜沢さんはカシオレを一口飲んで呟く。


「好きな人を奪われるって……嫌な思い出だから。親友は恋愛にルールなんてないって私に言いましたけど。誰かの恋路を自分勝手に邪魔していいルールだってないわって、私は思うんですよね。だから、猫村さんの略奪希望は真面目に否定しました。気持ちは少しだけわかるけどね」

「そうだったんですか、ありがとうございます、竜沢さん」

「だけど、亀井戸さんは素敵な方ですね。そんなふうに揺さぶられても、剣木さんを信じてたんですから」


 猫村さん小柄だし、結構可愛いから、私が男だったらぐらついちゃうのかな? と笑う竜沢さん。その後聞いてビックリしたけど。こう見えて竜沢さん、結構恋愛経験豊富だった。

 初めての交際が小学六年生。二回目が中学生。高校と、そして専門学校で二回。前の職場でも、とのこと。

 ひえー、人は見かけによらぬものだわ。ただ。専門学校で交際した人が後からゲイだったって判明した話は流石に笑った。

 高校時代はみんな体がどうのとかって生々しい話で盛り上がってたから避けてたけど。恋バナって同性でするとこんなに楽しかったんだ。


「剣木さんはないんですか?」

「ああ……私は、特に、人を本気で好きになったこと、多分ないんです」


「そうなんですか!? 意外っ、剣木さんこそ恋多き女って感じするのに」


 よく言われるけどほんとにないんですよ。ええ。


「じゃあ亀井戸さんが初恋の人?」

「そう……なるんですかね」


 他に記憶にないし。


「でも、猫村さんにも言われましたけど、私あれからまだ全然彼のこと思い出せてない。本当に大切なら忘れてないって。それもそうだなって思ってしまって、私は、ちゃんとあの人を好きだったのか……心配になるんです」

「なんですかその悩み!」


 お酒が回ってきたのか、竜沢さんが大きな声で返してきてビクッとなる。


「そんなの! 好きだったに決まってるじゃないですか!」

「なんでそう……」

「なんでってそれは、好きじゃなかったら普通三年ももたないですから! 恋愛ってある程度時間が経つと冷めていくもんなんですよ! だいたい一年経つか経たないかくらいでわかるものなんです、この人とはなんか合わないなって。それが三年続いてるなら、かなりうまくいってるって証拠ですよ! 羨ましい!」


 な、なるほど、経験者のお言葉は説得力あるな。


「もうそんなことで悩んじゃだめですよ! その様子だと他にあるんじゃないですか!?」

「う、実は」

「話してください! もう全部話してスッキリしましょうよ!」


 なんかいきなり雰囲気変わってるよ竜沢さん!


「このまま、記憶が戻らなくて、亀井戸さんをがっかりさせながら、一緒にいてもいいのかどうか、少し迷ってます」


 一方は好きでも、一方は好きな気持ちがない。

 シーソーが成立していないこの状態。来るかはっきりしない、いつかを待って。このままでいることは、やはり相手を思いやれていなんじゃないかと。


「剣木さんって真面目に考えてるんですね。でも恋愛ごとになると、ちょっと考えすぎてめんどくさいかなあ」


 敬語が吹っ飛んでる。やっぱりお酒入り始めてるよ!


「うーん。亀井戸さんが剣木さんと一緒にいたいって思ってればいいんじゃないですか」

「そんな簡単でいいんですか」

「いいんですよ。剣木さんはかなり気にしてるみたいだけど、亀井戸さんがいいって言うならいいんじゃないですか? むしろ、剣木さんが今考えてることは、亀井戸さんにとっては気にして欲しくないことかもしれませんよ。おれがいるから苦しい思いしてるんだって」

「……」

「話聞いてると、亀井戸さんは自分より好きな人を優先させようとするタイプだと分析します」

「あ、当たってるような」

「あと、別にそんなに気にしなくてもいいんじゃないですか。気持ちが追いついてないってこと、無理に好きにならなきゃとも思わなくていいと思います。恋愛って、最初からシーソーできてることが当たり前ってことないんですから。私が今までに付き合った人で、半年後くらいに、実は交際始めてから最近まで全然好きじゃなかったって言われたことありますもん」

「ええ!? なんというカミングアウト!」

「じゃあなんで付き合ったの? って聞いたら告られたから、付き合ってみようかな、って。でもまさか半年も気持ちがなかったとは思いませんでしたけど、そのぶんあとからじわじわきたみたいで、それから二年うまくいったんですよ。最終的に私がふりましたけど」


 本当なら両思いがいいけど、恋愛って色んな形があるのだとにっこりして彼女は言った。


「お互いが嫌じゃなければいいんですよ。相手がこうかな、ああかなって、見えない部分難しく考えるより。もう一度初恋を楽しむっていう感覚でいれば」

「もう一度、初恋を……」


 私たちはそれから、お酒をちびちび飲みながら二時間ほど恋愛についてを語り合った。

 居酒屋から出て、竜沢さんと別れて、ほろ酔い気分で自宅への道を歩いていたら。

 ふと思い出した。

 明日は、土曜日。私、休みだ。

 亀井戸さんも、土日は休み。

 携帯の通信アプリを起動しかけたけど。すぐに電話に切り替える。

 文字じゃなくて声を聞きたかった。


「あの――、お疲れさまです、少しいいですか。――明日なんですが……」

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