第52話 けじめを。

「うまくいくって……」

「俺は、それぐらい剣木さんのことが好きだった。ずっと想っていたよ……彼が現れる前から、ずっと」


 そんなの……。


「間違っていると思いませんか」

「うん。間違っていると思ってた。それでも、彼が君の中にいなければ、君は俺を選んでくれると思ったんだ」

「……」

「どうやらまだ全部を思い出したってわけじゃないんだね。嘘をついたことは本当に悪かったよ。罵倒されても仕方ない、君の信頼を裏切って、傷つけて。その埋め合わせはこれからさせてもらうつもりだ。でも、君への想いは本物だって、これだけは胸を張って言えるよ。それにあんなことがあって、もう今更彼のところには帰れないでしょう? 今度こそ俺は君を大切にすると誓うよ、彼よりも。剣木さん」

「……鵺ヶ原さん、ありがとうございます」


 私がそこでそう言うとは思わなかったのだろう。鵺ヶ原さんは目を丸くした。

 でも、勘違いされては困る。


「こんな私を、前から好きでいてくれてたなんて……信じられないくらいです。鵺ヶ原さんみたいな人に好きになってもらえて嬉しいです私。――でも、今回のこと、いくら謝られても許せそうにないです……、私より……もっともっとあの人が傷ついたんですよ。どんなにこれからあなたが私に優しくしてくれても、それだけは許せないです。例えもう元に戻れなくても、亀井戸さんを思い出せなくても、私は鵺ヶ原さんを選ぶことはできません」


 すいません――。

 一言述べて、荷物を纏めて私は立ち上がり。また深く頭を下げた。


「お願いがあります。もうあんな嘘をつかないでください。私を、間違った方向に進めさせないでください……嫌なんです。もう、そういうの」

「……はは、見事にフラれちゃったなあ……。まあ当たり前か。わかったよ、剣木さんがそう言うなら、もう絶対に嘘をつかないと約束する」

「はい」

「明日は仕事出れそう?」


 こくっと私は頷く。


「そう、でも無理のないようにね」

「ありがとうございます。明日からもまた、迷惑かけるかもしれませんがよろしくお願いします」


 それだけ言って、私はお金だけ支払い喫茶店を出た。

 振り返ることなく、それから自宅とは反対方向へと、真っ直ぐ歩き続けた。

 悔しくて、情けなくて、どうしようもなくて。色々な感情がせめぎ合って、もう少しで泣き出すところだった。

 でもちゃんと言えた。あれでいいのだ。落ち込む前にけじめをつけるべきだったのだ。

 これでハッキリした。なにが嘘で真実だったか。やっと明らかになった。自分の間違いに、私はやっと気がつけたのだ。

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