第51話 虚偽と煙草とコーヒーと。

「大丈夫……? 病院行ったの?」


 急な呼び出しに応じ、駅前の閑静な喫茶店に鵺ヶ原さんが現れたのが、三十分後のことだった。

 隅の席に座る私を気遣うように言って、アイスコーヒーを注文し、ライターと煙草の箱を取り出す鵺ヶ原さん。愛想笑いもせずに頭を下げる私。


「仕事あがりなのに突然すみません」

「いいよ。それより昼間は大変だったんでしょう? 顔色悪いし、車停めてあるから。後で送るからね」

「いえ……いいんです、そんなこと」

「そんなことって、また倒れられたら心配だからさ」


 いつもの笑顔で世話を焼こうとする鵺ヶ原さんに、私は氷が溶けて薄まってしまったアイスティーのグラスを握って単刀直入に言った。


「この間の、話をしたいんです」


 そう切り出すと、彼は笑顔を消した。

 私は一気に賭けに出る。


「鵺ヶ原さん、私が……鵺ヶ原さんの告白を受け入れたって……嘘、だったんですよね」

「……」

「お願いします、正直に教えてください」

「どうして、剣木さん。そんなこと言うの」

「考えられないからです」

「考えられない?」

「私は……どんな状況でも誰かと付き合っている最中、関係をハッキリ終わらせていないのに別の人と関係を持とうとはしないと思うからです。人を乗り物みたいに扱うの、そういうの、一番嫌いだからです」

「それ。根拠あって言ってる?」

「自分のことですから」


 きっぱりと告げれば、鵺ヶ原さんは短くため息を吐いて、煙草に火をつけた。


「そっか……」


 そうじゃない。君の言っていることは間違っている。そう否定して欲しい、私が頼りにしていたこの人は自分を騙してなんかいない。そう一瞬でも思ってしまった私は意志が弱かった。


「うまくいくと思ったんだけどな……」


 沈黙の後。煙を吐きながら小さく笑ったその人の言葉で、アイスコーヒーの中に沈められた気持ちにさせられた。

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