第38話 嘘でしょ。



「えっ――な、」

「あのね剣木さん。驚かないで聞いて、俺…………剣木さんが事故に遭う前に、剣木さんに告白したんだ。剣木さんの、……ミツルのことが好きで」

「……え」

「信じられないかもしれないけど、本当にそうなんだ。俺はずっと、ミツルが忘れた三年間、君のことを想い続けていた。俺はこう見えて奥手でさ……なかなか言い出せなかった、でもあの出来事が起こる一週間前、君に気持ちを伝えた、そして――。君はその時、俺の気持ちに答えてくれた」


 全身が硬直した。この人はなんの話をしているのだろうと。


「混乱するよね、無理もない、無理なことを押しつけてるって自覚してるよ……でもっ。君に気持ちがなくても、俺は君のことを……今でも想ってるんだ。……残酷だよ、ようやく君が俺の想いに答えてくれたのに、それがたった一週間しか続かないなんて。あの日は、仕事が終わるまでミツルを外で待っていた、俺は気が付けなくてすぐに駆けつけられなかったけど、その後ミツルが、君がなにもかも忘れていることを知らされて、ショックで会いに行くことができなかった……ごめん」

「……鵺ヶ原さん、あの……」


 顔に手を当て、俯く鵺ヶ原さん。

 私は混乱して、口を開けたまま。

 だって、そんな、すぐに信じられるわけない。

 鵺ヶ原さんが私を好きで、私が記憶を失くす一週間前に告白して、私はそれにOKですと答えていたなんて。

 冗談だと思いたかったけど、表情からしてそうではないことがわかる。

 私は……どうすれば、なんて言えばいいのだろう。


「ごめんなさい……私」


 でも、私のせいでこの人が傷ついているのは確かだ。


「ううん、謝らなくていいよ」

「だけど……」

「ごめん、謝るのは俺の方だ。自分ばかりを優先して、君にいきなりこんな受け入れがたい真実を……最低な男だ」


 握られた手に力を込められる。


「でも……いいんだ。三年の記憶なんて、そんなにこだわることはないよ。必死に思い出さなくてもいい」


 人間という生き物は少なからず皆、記憶を失くしていくものだから。と鵺ヶ原さんは言って、


「え……っ、あの」


 缶コーヒーをベンチに置いて、その手を私の頬に伸ばしてきた。


「でも――どうかこれだけは、許してほしい」


 声が、出なくて。体も動かなかった。

 持っていた缶ジュースが地面に落ちて、バシャッと飛び散る――。


「後で殴ってもいいから」


 鵺ヶ原さんの、綺麗に整った顔が、気がついたら目の前にあって。

 私は。

 その意味を完全に理解した。

 でも――もう遅い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る