第15話 とぼけんな。
なんで、ここに。
っていうか、なに、パグいないんですか? って。ハグとかけてんの? ちょ、この間のことシラ切ってるつもり? それとも私だって気がついていない? それとも私が忘れてるとでも思ってるの?
わからない。この人、なにしに来たの――。
一瞬のうちにいくつもの考えが頭を過ぎった。
「あれ、店員さん。新しい人……?」
「えっ」
「初めて見かけるなあーと思って」
「なっ……」
なに言ってんのこの人。
「そんなはずはないですよ、私、ここ三年くらいですから」
「あっ、そうだったんですかぁ。すいません」
なんだよ。すいませんって。
「おれ、仕事帰りにたまーにここ寄るんですよねぇ。一個電車乗り過ごして、立ち寄るんです。仔犬とか見てると癒されるんですよ、仕事の疲れがぱーっと吹っ飛ぶっていうか」
いや、聞いてねえよ。なんで言ったし。
「寂しい奴だなって思いましたっしょ?」
うん。思った。口に出さないけど。
「あはは」
ていうか、なんなの、ほんと。とぼけてる?
ほんとに私だってわかってないのかな?
さりげなく一歩距離を取って。私は警戒しながらとりあえず接客を続けてみる。胸の名札を外してポケットに隠して。
「パグ……でしたら、うちはしばらく入荷予定がないので近隣店舗で検索して、いるようでしたらお取り寄せになります……が」
「ああ、でも……飼うのに時間がまだかかりそうなんで大丈夫です。ありがとうございます」
「お好きなんですか、パグ」
「個性的な顔してて可愛いと思って。それまでそんなに好きじゃなかったんですけどね、ちょっと前にやってたドラマとかに出てたの観て、それから好きになっちゃって」
ああ……そういう。
「こういった顔の潰れた
私は、ゴールデンとかラブラドールとかのスタンダードな顔つきの子の方が好みだけど。
「そうみたいなんですよねえ」
童顔眼鏡男は始終にこにこしている。
「良かったら……誰か抱っこしますか」
「えっ、良いんですか? やった!」
もしかしたら最初からそれが目的だったのかもしれない。喜ぶその人の手に消毒スプレーを吹きかけて私は三ヶ月の柴犬の仔犬を抱かせてあげた。
「この子、メスですか? ……へえ、かわいい」
クンクン言う仔犬を嬉しそうに抱き上げる童顔眼鏡。でも、抱っこの仕方がおぼつかない。
「お尻の下に手を入れて、お腹を支えてあげると安定しますよ」
こうやって……。
「こうです」
あ、今、手握っちゃった。ま、いいか。
すると、柴犬に夢中だったその人は顔を上げて、笑わずに私の方を見てきた。
ハッとしたような、そんな顔。
いや……なんですか。なんで黙るのいきなり。
変な沈黙が生まれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます