第2話 ここどこよ。

 意識がぼんやりとして定まらない。



 光を久々に受け入れる視界が、なんとか多くの情報を手に入れようとしているみたいで、尋常じゃないくらい眩しくて、人の顔がはっきりと映らないでぼやけてばかりいる。


「――つるぎさん、剣木さんわかりますかー? 見えてますか? 意識はどうです? 私の声聞こえてますかー?」


 医療ドラマとかでよく聞くような台詞。

 脳がゆるゆると動き出してきたみたい。なんとなく察しがついた。


「そうですよぉ、ここ病院です」


 私の表情を見てか、ピンポン、正解。と言うように視界いっぱいに映るスキンヘッドの五十代くらいのおじさんが笑う。

 白衣を着てるし、間違いなく先生だろうな。


「剣木さん、じゃあねえ。これは何本かなあ」


 視界に迫る太い指。


「さんぼん、です……」


 思わず反射的に答えてしまう。たどたどしい声。自分の声じゃないみたいに思えた。

 視界から三本の指が消えると、眩しさに目を背けたくなっていた私に今度は別の問いが持ちかけられる。


「じゃあねえ、ごめんね剣木さん。自分のことねえ、今言える範囲でいいから、ゆっくりでいいから私に教えてくれるかな? お名前とか、好きな食べ物とか、なんでもいいからねえ」


 なんでそんなこと、と少し思うも。まあ、そうしなければならない状況なんだろう。私は重い口を一生懸命開いて、医者の指示通りに答えた。


 名前は、剣木つるぎ 美鶴みつる

 仕事は、ペットショップでアルバイトしてます。

 好きな食べ物は、こんにゃくの入ったカレー。嫌いな食べ物は、キムチ。


「キムチ? なんでキムチ嫌いなの?」


 はあ?  そこ突っ込むの?


「……………………えと、キムチに……昔、虫がはいってて、それきり……」


「ああ嫌いになっちゃったんだあなるほどお!」


 なに今のツッコミ。


「ふんふん、まだいける?」


「……血液型は、A型で……好きな犬種、は…………ラブラドール、レトリーバー…………で、今ハマってるのは、多肉植物……」


「多肉? サボテンとか?」


 そう、です。


「へえ、いいねえ。何人家族なの?」

「私ふくめ、四人、です、父と母と、姉と……」

「はいわかったいいよ、ありがとうございました。因みに。なんでこうなってるか、覚えてる剣木さん?」

「ええっと…………」

「無理に思い出さなくてもいいよ」


 言葉を発する度に意識がしっかりとしていくのが自分でも感じられ、まだ言った方がいいかなと、口を開いていると、白衣の先生はそのまま私から身を離して、一歩横にずれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る