転校生

最近この町の小学校に転校してきた3年生の森下もりしたミノルは、両親に大事に大事に育てられてきたからか、少し甘えん坊で引っ込み思案なところがある。


前の学校で、少ないながらも幼稚園からずっといっしょだった友達と別れるのを嫌がったミノルは、絶対に転校しないと言い張って両親を困らせ、無理やり引っ張られるようにして引っ越してきた後も、絶対に馴染むものかと、学校ではずっとムスッとして、少しも心を開こうとしなかった。


ある日、ミノルが昼休みになってもみんなといっしょにグラウンドへ行こうともせずに、買ってもらった冒険小説を読んでいると、隣りの席の深川コウジがミノルの肩をぽんと叩いた。


「お前、いっつも本ばっかり読んでるな。たまには俺たちとサッカーしようぜ」


「やらない」


ミノルは本から目を外しもせずに言った。


「そっか。気が向いたら来いよ」


コウジはそれ以上しつこく誘わず、さっさと教室の出口の方へ行ってしまった。ミノルはその背中をちらりと見て、コウジがこちらを振り返ると、慌てて本に目を戻した。コウジはそのまま行ってしまった。その後もミノルは本を読み進めようとしたが、グラウンドでサッカーをしているみんなの声が気になって、本の内容が少しも頭に入らなかった。


翌日の昼休みもミノルは席に座って本を開いていた。するとコウジがこりずにミノルのもとへやってきた。


「森下ぁ、サッカーやろうぜ!」


「い、いいって、僕は……」


前日のきっぱりとした調子ではなく、ミノルの声には迷いがあった。友達が欲しい、というよりはひとりでぽつんと本を読んでいても、周りの女子たちのひそひそ話などが、なんだか自分のことを話しているような気がして落ち着かなかった。コウジはその態度の変化を見逃さなかった。


「まあ、いいじゃん。とりあえずやってみてさ、つまんなかったら抜けていいから」


コウジはミノルの手をつかむと無理やり椅子から立たせて教室の外へ連れ出した。


内心嬉しかったが、ミノルには不安もあった。これまでミノルの友達は、ミノルと同じように大人しいタイプが多かった。似たもの同士だったら比較的楽でのびのびできたのだが、コウジのように活発な子とつきあうのは初めてだった。嫌われないようにきちんと振る舞うことができるか、ミノルはそればかり考えていた。


グラウンドの一番広いところは上級生たちが使っているので、コウジはミノルをグラウンドの隅っこへ連れていった。地面には20メートルくらいの間隔を開けて長方形が描かれていた。これがゴール、とコウジが説明した。


その場に集まっていた生徒は、コウジとミノルをのぞいて6人だった。背の高いさわやかなのもいれば、眼鏡をかけたオタク風なのもいて、いかにも活発そうな人ばかりではないメンツに、ミノルは少し安心した。


コウジはそれぞれを簡単に紹介すると、時間が惜しいから自己紹介は後でしといてと言って、あらためてミノルへのサッカーの説明に移った。


「今まで7人だったから4対3でバランス悪かったんだ。お前サッカー得意?」


コウジが尋ねると、ミノルは首をかしげた。


「いや、そんなに……」


小声で答えるミノルにコウジはふんふんと頷いた。


「じゃあ今まで俺たちがやってて一番いい勝負だった分け方の3人の方へミノルを入れようぜ」


他の6人もその方法に賛同した。


ミニサッカークラブに所属しているという背の高いきりっとした顔のアキトと呼ばれた生徒を中心に、さっきからずっと鼻歌を歌っていて話しを聞いていないっぽいシンジロウ、眼鏡をかけたいかにもオタクっぽいオサムと、体が大きく小学生にしては老けた顔のダイゴのチーム、そして、アキトと同じサッカークラブに通っているリュウイチという髪が長く少し陰気な表情の生徒と、頬に絆創膏を貼った半袖半ズボンの活発そうなケンタ、そしてコウジの3人のチームに分かれ、ミノルはコウジのチームに入ることになった。


アキトのチームは、見た目どおりダイゴがゴールキーパーだったが、リュウイチのチームは意外にもコウジがキーパーだった。


「俺、司令塔だから!」


とコウジが冗談めかして笑いながら言ったが、あながちウソではなかった。


アキトのチームは、やはりアキトが攻守のバランスがとれていて圧倒的にうまい。話しを聞かないシンジロウも運動神経はそれなりにあり、また目立ちたがりなのかどんどんシュートをうつ。オサムは見た目通り運動はからっきしのようだが、攻めてくる相手の行動を先読みしていてディフェンスし、ボールが奪えないまでも相手にプレッシャーをかけた。そして放たれたシュートは体の大きなダイゴが確実に止める。


一方、リュウイチのチームは、ミニサッカークラブに通っているという理由でコウジが彼をキャプテンとしたが、その実力はアキトに比べるとかなり見劣りした。それでも運動神経抜群のケンタがどんどん攻めて点を入れるし、全体を見渡すことのできるコウジが、実はバランスの良い力を持っているリュウイチに後ろからさりげなく指示を出すことで動かし、相手チームに対抗していた。だがコウジ自身の運動能力はそれほどでもなく、リュウイチのディフェンスをくぐり抜けられてシュートされると、それをキーパーが止めることはほとんどできなかった。


「こっちのチームは守備が弱いんだ。だからミノル、とりあえず守りやってくれよ」


とコウジがミノルに言った。


前の学校にいた時もサッカーに誘われて、ミノルも参加したことはあったが、アキトやケンタのようなうまい生徒を中心に他のみんながついていくという感じで、あまり活発でないミノルはどう振る舞っていいかわからず、まったく楽しいとは思えなかった。こんなふうに役割をくっきり与えられたことは初めてで、とにかく守ってみようという気になれた。


とは言っても最初のうちは、アキトの巧みなドリブルをまったく止めることができないし、何を考えているか分からない中いきなり放たれるシンジロウのシュートに身をすくめてしまってぜんぜん攻撃を止めることができず、どんどん点を取られてしまった。


ミノルは気まずくなった。コウジの期待を裏切ってしまったんじゃないか。もう誘ってはもらえないんじゃないか。


アキトにあっさりと抜かれ、4点目を取られた後おそるおそるコウジの顔を見ると、


「どんまい、どんまい。あいつホントうまいんだ。俺だって全然止められてないし。楽しくいこう」


とコウジはからっとした笑顔を向けた。


屈託のないその顔はミノルを安心させた。そして、それまでのように気負い過ぎず、リラックスしてサッカーを楽しもうと思った矢先、シンジロウがまたボールを持った瞬間にバンとシュートをうってきた。


ボールは、急なことで対応できなかったリュウイチの脇を過ぎ、ゴールの前の方に立つミノルの顔へまっすぐ飛んできた。思わず両手で顔面を守ろうとしたミノルは、そうだこれはサッカーなんだと気づき、顔を手で覆う代わりに会釈をするようなかたちで頭を少しだけ下げた。


ボールはミノルの額と頭の境目あたりにばしんと当たると、跳ね返った。衝撃で頭がぐらんぐらんと揺れ、ミノルはその場に尻もちをついた。


「ミノル!」


コウジが叫んだ。


跳ね返ったボールはケンタの方へ転がり、ケンタは持ち前の足の速さで、アキトほどではないにしてもなかなかのドリブルで相手側のゴールへ走った。


ミノルの様子に一瞬気を取られていたアキトを抜き、オサムもあっさりと抜いてケンタは思い切りシュートした。ボールは大きなダイゴの体の股の下を通ってゴールへ入った。


「よっしゃあ!」


ケンタがガッツポーズをした。ミノルのところへ駆け寄っていたコウジはそれを見て同じように両手を上げた。


「ナイッシュー、ケンタ!」


それからコウジはミノルの肩に手を置いた。


「それから、ナイスセーブ、ミノル!」


「ナイスセーブ!」


「ナイスセーブ!」


ケンタとリュウイチもミノルを見て称賛した。ミノルはまだ少しじんじんする額を押さえながら、顔を赤くしてへへへ、と笑った。


(続)

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