トオルおじさんの電撃的な日々

野木 康太郎

3丁目のカミナリおやじ

俵屋町たわらやちょうの3丁目公園は遊具も何もない小さな公園というか空き地だが、近所の子どもたちにとって恰好の遊び場になっている。


最近の子どもはゲームばかりやっていると思われるかもしれないが、ほどよいスペースさえ与えておけば、けっこう自分たちで工夫して遊ぶものだ。


公園のすぐ隣りには『とおる』という表札のかかった古い木造の一軒家があり、50代後半から60代前半くらいと思われる男性がひとりで住んでいる。


3丁目公園はこの人の土地で、過去にはヤクザに近いような地上げ屋が何度もここを買い取ろうと交渉、というよりも脅迫に訪れていたが、どんなに強面の人が来ても、この男性は一歩も引かず、たちまち追い返してしまっていた。


彼こそが、この界隈で有名な「トオルおじさん」こと透源三郎とおる げんざぶろうだ。


なぜ有名かというと、これがいまや絶滅種とも言える、絵に描いたような頑固オヤジ。


頭のてっぺんははげ上がり、後頭部から耳にかけては海苔を貼っつけた程度の髪しか残っておらず、鼻の下には四角いちょびヒゲを生やし、度の強い眼鏡をかけ、常に着物姿をしている。


この町に住んでいてトオルおじさんを知らない者はいない。この町で育った人は最低1回は何かしらの理由でおじさんに叱られている。


下校中ふざけながら歩いて人にぶつかったのに謝らないとか、スーパーで大声をあげながら走り回ったりとか、そういう子を見るとおじさんは、親が近くにいようといまいとおかまいなしに「バッカモーン!!」とカミナリを落とす。子どもをガミガミと叱った後は、その親にも、教育がなっていないと説教する。


モンスターペアレンツと呼ばれる親が増えてきた現代、他人の子どもを容赦なく叱る中年男性などは危険人物とみなされて、Twitt○rとかYah○○知恵袋とか発言○町あたりで罵詈雑言を書かれ、めちゃめちゃに叩かれてもおかしくない。だが、トオルおじさんに対しては、たとえ匿名であってもそういうことをする人はいない。


どんなに普段子どもを甘やかしているような親でも、おじさんに叱られたと言って泣きついてくる我が子に対しては、


「はは、トオルおじさんじゃあ、しかたない」


「よかったわあ、やっと叱ってもらえて。なかなか叱られないから心配したわ」


と言って、顔を見合わせて笑う。この町の人たちにとって、トオルおじさんに叱られることは、大人になるために必要な通過儀礼なのだ。


大学とか就職とかでよその町へ行ってしまっても、結婚して子どもができると、この町へ舞い戻ってくる人はけっこう多い。我が子が子どものうちに一度はトオルおじさんに叱られないと立派な大人になれないのではないか、という一種の信仰のようなものが、この町に住む人たちの中に醸成されている。


そういうわけで、トオルおじさんはこの町でずっと、畏怖されながらも慕われ続けている。


でも、父親も母親も別の町で育ち、何かしらの都合で家族ごと引っ越してきた家族なんかはもちろんそんなことを知らない。だから、時々ごたごたが起こる。


(続)

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