第2話 人がいない想区
「想区の、案内人?」
「それがあなたの『運命の書』に記された役目という事ですか?」
レイナとシェインの問い掛けに、エルと名乗った少女が微笑みを見せる。
「お前さんが何者なのかは分かったが、それだけじゃヴィランの事やヒーローの魂の事まで知ってる理由の答えにならねぇぞ」
タオはエルへの警戒を強めたまま手にした槍と盾を構える。
「そう怖い顔をしないで下さい。皆さん、この想区に来たばかりで何も分からないのでしょう?まずは私の家に案内しますので、旅でおつかれでしょうし、食事をご馳走しますよ」
「食事⁉︎」
エルの言葉にレイナが即座に反応する。
その顔は先程までの険しい顔が嘘の様に目が輝き、頬が緩んでいる。
「レイナ…」
「姉御、ヨダレが垂れてます」
エクスとシェインが呆れた目でレイナを見る。
「うっ、た、食べ物に釣られると思ったら大間違いよ!」
レイナの腹が盛大に鳴り響く。
「お嬢、締まらねぇな」
「…ごめんなさい」
レイナが肩を落とす。
「では、行きましょうか」
笑顔で様子を見ていたエルが歩き出す。
「どうします?タオ兄」
「正直、かなり胡散臭いんだか、今は他に何の手掛かりもねぇしな」
「だけど、さっきは彼女のおかげで助かったし、そこまで警戒しなくてもいいんじゃないかな?………あれ?レイナは?」
レイナがいない事に気付いた三人が辺りを見渡す。
「何してるのよ!置いて行くわよ!」
声がした方向を三人が見ると、いつの間にかエルの後ろを歩くレイナが三人に向かって叫んでいる。
「…行くか」
「うん」
「ですね」
張り切って歩いて行くレイナを、諦めた表情で三人は追いかける事にした。
「ようこそ『始まりの街』へ」
案内され、街に到着した一行にエルが振り返る。
大きな街の筈だか、周囲は静まり返っている。
「やけに静かですね」
「何があるか分からねぇ、油断するなよ」
「がってんです」
タオとシェインが周囲を警戒するが、目の前から明るい歌声が聴こえてくる。
「ごっはん♪ごっはん♪美味しいごっはん♪」
「駄目です、タオ兄。姉御の頭の中は食べ物の事しかありません」
「食べ物が絡むとマジでポンコツだな」
「まぁまぁ、二人共。今日はまだ何も食べてなかったし。ところでエル、ここに君の家が?」
レイナを残念な人を見る目で見る二人にフォローをいれつつ、エクスはエルに確認をする。
「はい、こちらです。付いて来てください」
エルに案内された一行は街の奥にある大きな屋敷へと入る。
屋敷の中は豪華な絵画や銅像等が多数飾られている。
その中には武器が飾られている場所もあり、武器マニアのシェインが目を輝かせている。
「おい、シェイン。分かっていると思うが」
「大丈夫ですよ、タオ兄。姉御じゃないんで、そのへんは弁えてます」
「じゃあ、何処に行く気だ」
タオがシェインの腕を掴む。
「いやー、あのですね。あの剣とかここからでも分かる程の一品でして、ちょっと近くで見たいなぁとか思いまして…」
「行くぞ、我慢しろ」
「…はい」
武器への未練だらけのシェインは、何度も振り返りながらタオの後を付いていくのだった。
案内された室内には既に大量のご馳走が用意された状態で並べられていた。
「では、冷めないうちにどうぞ召し上がって下さい」
「いただきます!」
両手を合わせたレイナが即座に食事を手に取り食べ始める。
「他の皆さんもどうぞ」
「その前に質問してもいいですか?案内人さん」
「何でしょう?」
シェインの言葉にエルが首を傾げる。
「最初に会った時の質問です。あなたはどうしてヴィランや想区の事等を知っているのですか?」
「もぐもぐもぐ」
「それに関しては、まだ話す時ではないのでお教えする事は出来ません」
エルの言葉にシェインが顔を顰める。
「それは、その時が来れば教えてくれるという事ですか?」
「はぐはぐはぐ」
「勿論です。案内には順序というものがありますから」
「まぁ、いいんじゃねぇか。今は他にどうする事も出来ないしな」
「そうだね、案内してくれるなら案内してもらおうよ」
タオとエクスの言葉にシェインが渋々頷く。
「仕方ありませんね。では、案内よろしくです、案内人さん」
「はい、お任せ下さい」
「むしゃむしゃ、もぐ、はぐ、ゴクン」
「姉御、さっきから五月蝿いです」
「うぐっ、だって!このご馳走すごく美味しいのよ!」
「とりあえず、僕等も食べようか?」
エクスの言葉に全員が食事を食べ始める。
「では、お食事が済んだら案内をはじめましょうか」
そう言って、エルは嬉しそうに微笑んだ。
食事を済ませた一行が外に出るとヴィランの群れが屋敷を囲っていた。
「ヴィラン⁉︎エル!あなた、やっぱり私達を騙して!」
レイナがエルを睨む。
「レイナ、落ち着いて。待ち伏せされただけかもしれないじゃないか」
「新入りさんの言う通りです。いるのは雑魚ばかりですし」
「じゃあ!さっさと片付けちまうか!」
タオが武器を構える。
「待って!」
後ろからの制止する声にタオが止まる。
「お嬢!どうした⁈」
振り返ると口元とお腹を抑えたレイナが険しい顔をしていた。
「どうしよう?食べ過ぎて動いたら吐きそう」
「知るか!」
「姉御………マジですか?」
シェインの言葉にレイナは真剣な顔になる。
「…マジよ」
「レイナ、流石にそれはフォロー出来ないよ」
「だー!しょうがねぇ!お嬢無しでやるぞ!お前ら!」
タオがやけくそに気味に叫び、ヴィランとの戦闘を開始する一行だった。
屋敷の周りにいたヴィランの群れをレイナ抜きで倒した一行にエルが声を掛ける。
「お疲れ様でした。では、出発しましょうか」
「ところで、何処に行くのかしら?」
「それは着いてからのお楽しみです」
レイナの質問にエルが笑顔で答え歩き出そうとするが。
「ハァハァ…ちょっと…待ってくれ」
「…うん…ハァハァ…ちょっと…休ませて」
「大丈夫ですか?二人共」
後衛のシェインは余裕があるが、前衛の二人は息も絶え絶えといった様子になっている。
「えっと、大丈夫?二人共」
レイナがバツの悪そうな顔で二人に声を掛ける。
「誰の…所為だと…」
「ごめんなさい」
睨むタオにレイナは素直に謝罪する。
「大丈夫になったら声を掛けて下さい。お待ちしますので」
その後、しっかり休んでから、一行はエルの案内で出発するのだった。
『旅立ちの村』、『出発の街』、『最初の村』、『原初の街』と次々にエルに案内された一行は、その先々でヴィランと遭遇し戦闘をしていた。
「ちょっと、どういうつもりよ?」
「何がでしょうか?」
エルの言葉にレイナが激怒する。
「さっきから、あなたに案内された先にはヴィランしかいないじゃない!案内するなんて言うからこの想区の『主役』や『物語』を教えてくれると思ったのに!ちゃんと案内しなさいよ!」
「お嬢の言う通りだ、からかうのもいい加減にしやがれ」
「ちょっと、二人とも落ち着いて!」
今にもエルに掴みかかりそうなレイナとタオをエクスが止めにはいる。
「それです、姉御」
何か気付いたシェインがエルに問い掛ける。
「案内人さん、この想区の住人は何処ですか?姉御の言う通り、ここに来てからシェイン達はあなたとヴィラン以外に会っていません。しかも、さっきから案内された場所は街と村ばかりなのに一度も人を見ていないです」
シェインの言葉にエルが笑顔で答える。
「気付いて頂けたようで良かったです。これで次の案内に行く事が出来ます」
「次の案内?あなた一体何を企んでいるの?」
レイナがエルに対して疑惑の目を向ける。
「ご心配されなくても、次の案内先に行けば分かりますよ。人がいないこの想区の全てが」
「想区の全て?そこに行けばこの想区の『主役』や『物語』が分かるって事かしら?」
レイナの質問に対して、エルはどこか悲しげな笑顔を見せるだけで返事をしなかった。
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