第19話

 石段を上りきると、目の前に紺色の日傘が見えた。傘をさしている男は、暑いというのに、長袖シャツに長ズボンだ。碧眼と目が合った。

「お疲れ様」

「暑くないのか?」

「そうやね。暑いやろね。でも、俺は――いや、あなたに話す必要なんて無いか。聞きたい?」

「聞きたくない」

「そう。シキに参加するんやろ? それならここにサインして」

 景壱はボードを俺に渡す。他にも名前が記されていることから、これで何かが起きる心配をしなくても良さそうだ。名前を記入し、彼に返す。俺が記入したことを確認してから歩き始めた。黙っているが、ついて来いと言うことなのだろう。だいぶここでの対応に慣れてしまった。

「ところで涼司さん。今日は何のシキか知ってて来た?」

「結婚式だろ?」

「…………へえ」

「違うのか?」

「あなたは2人に怨まれているとか思ったりしない? 2人が死ぬ原因を作ったのは間違いなくあなた。それなのに、あなたは自分が招待されたからって喜んでここに来た。ここがどういうところかもう既に知っているのに。それでもあなたは来た。何故自分が怨まれていると思わない? それはどうして? あなたはどうしてそんな行動をする? 俺には理解できない。だから教えて欲しい。どうしてあなたは、ここに来た? 教えて。俺に教えて。早く。俺の知らないことを教えて欲しい。さあ、早く」

「っ――」

「どうして黙る? 代価が必要? それなら支払う。あなたが今から参加するのは、結婚式ではない。あなたが今から参加するのは――」

 傘の中に俺を引き込んで、顔を突き合わせる。碧い瞳がキラキラと輝き、子どものような無邪気な表情をしている。だが、俺が今から参加するのはいったい何なのだろうか。結婚式ではないとすると、それはいったいなんだ。景壱の次の言葉を待つが、その言葉はいとも簡単に塞がれてしまった。

「景壱君」

 そう。夕焼けの精霊――こやけが現れることによって。

 俺の知りたかったことは知ることができそうにない。逃げ出すなら今のうちなのだろう。だが、もうそうはいかない。愛と悠太に会って話をしなければならない。俺は2人に謝らないといけない。2人に怨まれているのは確実だ。それなら、然るべき罰を受けたい。

「どうかした?」

「りょーちゃんさんを困らせているようでしたので声をかけました。それと、私はりょーちゃんさんにお礼をしたいのです。りょーちゃんさんのお蔭で、夕焼けの里にて抹茶プリンを買うことができるようになったのです。感謝するしかありません。ありがとうございました」

「あー。どういたしまして」

「ご主人様。私はりょーちゃんさんとお話しがしたいので、先に行っててください。いつまでも日向にいるとお体に障るでしょう」

「じゃあ先に行っとくわ。こやけは俺を『景壱君』って呼ぶのか『ご主人様』って呼ぶのか統一しよな」

「気分で変わるのです」

 こやけと話すと、景壱は先に奥へと向かって歩いていった。こやけは俺の前に来ると、クスリと口角を上げた。同時に、背中におぞましい何かが取り憑いたかのような悪寒を感じた。後ろを振り向いてはいけないと言われた時と同じような背中の重さだ。いったい何が後ろにいるんだ。

「さて、りょーちゃんさんにはイイコトを教えてあげましょう。まず、私のご主人様のことです。私の主人は、とても可哀想な方で、日中太陽が燦々と照り付けている間は外出できないのです。主人の表皮は紫外線に弱く、すぐに赤く焼け爛れてしまいます故。厳密に言うと、強力な日焼け止めを塗り、日傘をさせば外出できるのですが、ね」

「それ、話して良いことなのか?」

「ふふ。どうでしょうかね? 何かの役にたつと私は思うのですよ。役にたたないかもしれませんけれど。とりあえず、あなたはまた取り憑かれてしまったようですね」

「後ろに何かいるのか?」

「ええ。もうお話ししても良いでしょう。今からここで行われるのは、貴方の為のシキです。そして、貴方に取り憑いているものは――」

 こやけは美しくも猛毒を含んだ笑みを浮かべる。それは、花をも手折らないような可憐な少女の笑みにも見えた。

「《死》そのものです」


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