第18話
「お迎えに来たよ」
と俺の家の前に京紫色の和服が揺れていたのは、招待状を受け取ってから1ヶ月後のことだ。相も変わらず貼りつけたかのような笑顔を浮かべている。俺は黙って弐色の後をついていく。時折聞こえるのは鼻歌なのだろうが、音程がめちゃくちゃで何を歌っているのかはわからない。聞いたことのあるようなないような、といったような歌だ。やはり神社の井戸へと案内された。ここはいつでも夕焼けの里に通じているのだろうか。俺の心の声が聞こえたのか弐色は俺の顔を覗き込んで言う。
「僕たちがいない時に飛び込んだら、涸れ井戸の底で死ぬだけだよ。まあ、夕焼けの里の住民になるならそれでも良いかもしれないけれど」
閃光に瞼を閉じ、開くと既に別世界であった。これでここに来るのは何度目だろうか。夕焼けの里の美しい自然にも見慣れてきてしまった。ふわふわと蝶が舞うように歩く弐色の後を歩く。白檀の香りを強く感じる。こいつ自身が白檀ではないかと錯覚を抱きそうなほどである。俺は正常な判断もできなくなってしまったのだろうか。これも仕事で疲れているのだろうか。そういえば最近働き詰めでろくに休めていなかった。
「言い忘れたけれど、キミはもう振り向いても良いよ」
「振り向いてはいけなかった理由を先に教えてくれ」
「キミに教えても理解できないと思うけれど。そうだなァ……過去を見るからかな」
「過去を?」
「そう。過去を捨てなければ、この里で住むことはできない」
「どういう意味だ?」
「読んで字の如くだよ。まあ、わからない方が良いこともあるさ。それよりも、シキ場の前についたよ」
目の前には階段が天へ伸びるかのように奥へと続いている。まるで伏見稲荷のように鳥居も続いている。ということは、ここは神社なのだろう。俺は階段に足をかけた。後ろを見ると弐色が柔和な笑みを浮かべている。同じ笑顔に変わりは無いのだが、貼りつけたかのような笑顔ではない。
「ここは陽光神社。蛇神様のお社だよ。失礼の無いようにしてね」
「あんたは来ないのか?」
「あはっ。キミが手を繋いでくれたらイケそうかな」
「は?」
「そう怖い顔しないで。僕は蛇神の神使だよ。お先にシキ場で待っているね」
にこりと微笑むと、弐色の周りを蝙蝠が舞い上がった。御守りから出てきた蝙蝠と一緒のように感じた。いったいどういう仕掛けなのか俺にはさっぱりわからない。
「ああそうだ。引き返すなら今のうちだよ」
声は天から降って来たかのように聞こえた。既に弐色の姿は無い。
引き返すと言ったって、俺は招待されたんだ。このまま帰るのもおかしいだろう。それに、愛に会える最後のチャンスかもしれない。それなら、このまま進むしかないだろう。
俺は深呼吸してから、階段を上り始めた。
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