第17話

 幾日かが経過した。

 俺のTwitterアカウントには、俺のことを心配しているのか笑っているのか色々なリプライが届いていた。フォロワー数も毎日増加している。何がどうなっているのか俺にはさっぱりわからない。会社でも俺のことは話題になっていたようだった。そりゃあ無断欠勤を知らない間にしているのだ。話題にもなるだろう。幸いにも注意だけで済んだが、仕事がやりづらい。同僚からもあの場所のことを聞かれるし、ネットニュースの取材まで申し込まれるし、散々だ。今までこんなことにならなかったのは、何故なのだろうか。夕焼けの里に行っている人物は多いはずだ。最初に検索した時だって観光をしている感想を見た。観光した人たちはどうなったのだろうか。俺は検索する。そして、近日中に観光した人にリプを送った。すると、すぐにリプが返ってきた。どうやらもう夕焼けの里に住んでいるようだった。数人に送ったが答えは殆ど同じ。そこまでして住みたい場所なのだろうか。俺は今になって、少し後悔をした。里に住めば、愛ともまた話すことができた。悠太とも。それに、おばちゃんの洋菓子を食べることだってできた。何故俺は帰ってきてしまったのだろうか。

「おい早乙女。これやっとけって言っただろ」

「すみません」

「謝っても終わらないんだよ。さっさとやれよ」

「すみません」

 俺は先輩から資料を受け取る。今日も定時で帰ることはできなさそうだ。サービス残業か。タイムカードを押してから、仕事に戻るのもこれで何度目になるのだろうか。俺の隣の席にいた同期は、体調を崩してから出社しなくなった。退職届を提出したらしい。俺の前の席にいたアルバイトの子もいなくなってしまった。こちらは統合失調症と診断されたらしい。次々に退勤していく先輩を見送る。いつしかフロアには俺しかいなくなっていた。

「へえ。お仕事大変だね」

「あんたは――」

「弐色だよ。これくらいの仕事なら景壱に任せたらすぐに終わりそうだね」

「俺に関わらないでくれ」

「愛ちゃんからお手紙預かって来たんだけどな」

「愛から?」

「そう。でもキミは関わって欲しくないみたいだから不要だよね」

 ひらひらと見せつけていた白い封筒を、弐色は燃やした。俺の目の前で灰になっていく。俺は弐色の胸倉を掴む。京紫色の和服から白檀の香りを強く感じた。相変わらず弐色は笑顔を浮かべたままだ。まるで貼りつけたかのような表情が薄気味悪い。

「離してよ」

「何で燃やした」

「キミは関わって欲しくないんでしょ? それなら、関わらなくて済むように燃やしてあげたんだ。僕ってかなり優しいよね。きゃはっ」

 殴りたい衝動に駆られたが我慢した。こいつを殴ったところで封筒は灰になってしまったのだ。

「そう落ち込まないでよ」

「どの口が言うんだよ」

「上の口が言うよ? あっ、口は上にしかないよねェ。ごめんごめん。本当はお手紙欲しかったんでしょ? 素直じゃないよねェ。どうぞ」

 弐色は袂から再び白い封筒を取り出した。金色の文字で招待状と書かれている。俺はすぐさま中身を確認した。そういえば、愛は俺に招待状を送ると言っていた。日取りは来月だ。

「参加不参加を記入してよ」

「今すぐにか?」

「僕がキミに付きまとっても良いなら明日でも明後日でも来週でも良いよ」

「付きまとうのかよ」

「キミが返事をくれるまで付きまとうよ。ああ大丈夫。心配しないで。僕の姿は見えているようで見えているから」

「それって、見えているよな」

「うん。だから早く返事を頂戴」

 こいつに付きまとわれても困る。俺は参加に丸をし、一言添えて、封をしてから弐色に渡した。弐色は封筒を受け取ると、口元に傾斜を描いた。ちょうど三日月を横倒しにしたかのような不気味な笑みだ。

「それじゃあ、シキ当日にお迎えにあがりまーす」

 そう言い残すと、弐色の姿は消えていた。今、発音が妙だったな。

 そんなことを気にしていては仕事が終わらない。電車で寝過ごすことがないように早く終わらせて家でゆっくり休みたい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る