第16話

 俺は振り向く。店の自動ドアをくぐってあの部屋についたのだから、あの部屋から店の前に出ているはずだ。だが、ここには店が無かった。あるのは空き地だ。不動産会社の看板が刺さっているだけである。俺は通りすがりの人を捕まえた。

「すみません。ここに洋菓子店がありませんでしたか?」

「洋菓子店? ここは昔から空き地だったよ」

「そうですか。すみません」

 俺は頭を下げる。ここは昔から空き地だった? そんなはずはない。何故なら、先程までここにはきちんと店があったのだ。いったいどういうことだ。俺は愛の家へと足を進める。脳の片隅で予想していたが、こちらは――

「家がある」

 こちらは空家ではないようだ。だが、人の住んでいる気配は無い。

「おや? あんたも怨念が詰まった家の噂を聞いて来たのかい?」

「怨念が詰まった家?」

 声の方を向くと、片目を長い前髪で隠した男が立っていた。見た目からして薄気味悪い。あまり相手にはしたくない人種だ。男は俺の横に立つと、携帯電話の画面を見せてきた。『怨念が詰まった家』と書かれている。

「ここは、娘は自殺、娘の婚約者は不審死、母親は失踪したという家なんだ。おれぁ犯人は母親なんじゃないかと思っている。だって失踪したんだ。娘も自殺じゃなくて、他殺だな。きっとそうだ」

「娘の婚約者の不審死って言うのは?」

「ああ。公園で息絶えているのを発見されたんだ。不気味なことに、首にどす黒い筋が入っていたんだと。まるで切断されてまたくっつけられたかのように」

 悠太は首を大鎌で刎ねられた。首が転がっている姿を俺は見ていた。だが、本当は切られていなかったのか? どうなっているのかさっぱり思考が追いつかない。それよりも――

「ここの娘が死んだのはいつだ?」

「それはつい先日だ。Twitterで知ったんだ」

「婚約者の不審死も?」

「おう。あんたはTwitterを見て来たんじゃないのか?」

「俺は通りすがりだ」

 事情を説明しても信じてくれないだろう。それに、何やら雰囲気がおかしい。できれば関わりたくない。『怨念が詰まった家』を見に来るくらいだ。ろくなやつではないだろう。

「せっかくだし、おれは中を見てから帰ろうと思う」

「不法侵入だ」

「どうせ誰も住んじゃいねえ」

「そういう問題じゃない! ここは、俺の幼馴染の家なんだよ!」

 俺の言葉を聞いて、男の顔が硬直した。そしてゆっくりと後退ると奇声を発しながら逃げていった。さっぱり理解できない。

 俺が今わかったことは、ここには誰も住んでいないということ。『怨念が詰まった家』と呼ばれていること。それは、つい先日のこととして扱われていること。

 時間の流れが夕焼けの里とこの街では違うのだろう。いつの間にか俺は数日姿を消していたことになっている、のか?

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