第15話

「さて、どうする?」

「何がだよ」

「見ての通り。こやけはあの人らを連れてきた。あなたはどうする?」

 景壱は花弁が綻ぶような笑顔を浮かべながら俺に尋ねる。透き通った碧眼はどこまでも俺の内情を見通し、何もかもを知っているような雰囲気だ。表面は天鵞絨ビロードのように美しく取り繕ってはいるが、内面には茨が生えていそうなほどの得体の知れない恐怖を感じる。俺が何も答えずにいたからか景壱は退屈そうな欠伸をした。

「ここは夕焼けの里。訪れる者に永久の安らぎを与える素敵な里。帰ろうと思えばいつでも帰ることはできる。でも、誰も帰ろうとしない。それは何故? それほどまでにここが素敵なところだから? それは何故? ここは夕焼けの里。生きられなくなったものが来る素敵な里。ここは万物を受け入れる。ここでは誰も傷つかない。傷つける者はいない。痛みを知ることはない。ここは安らぎの里。夕焼けの里」

 景壱は、いつか聞いたことのある言葉を歌うように繰り返した。透明感のある歌声は俺の聴覚をあっという間に支配した。聞き惚れてしまう歌声。

「もうあなたは傷つかなくて良い」

 ふわり、と笑う。この感じ、何処かで――

「ここにいれば、誰もあなたを傷つけない。これ以上傷つく必要は無い」

「俺は傷ついていない」

「あなたが最初にこのミセへ来た時も同じことを言ってた。もう帰っても、幼馴染と親友はいない。それでもあなたは帰ると言うの? あなたのせいで幼馴染とそのお母さんと親友は夕焼けの里へ来たっていうのに」

「それでも、俺は――」

 帰りたい。

 俺の返答を聞いて、景壱は数度頷いた。それは肯定でも否定でもないような頷き方だった。俺の横を通り過ぎると、ドアに何かを括り付けた。

「それなら、お生きなさい。本来なら俺が言うセリフではないのだけれど、お生きなさい。あなたがこやけに支払うはずの代価は、もうあの家族が里へ来たことで受け取った。どうぞお元気で。でも、これだけは忘れないで」


 俺はずっと見ているから――


 景壱はそう言うとドアを開いた。眩しい閃光が俺を包む。

 気が付くと、俺はいつもと何ら変わらない街中に立っていた。



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