第14話

 俺は何で2人の幸福を願ったのだろうか。俺の願いのせいで、2人はいなくなってしまった。これが本当に愛と悠太の幸せなのだろうか。そんなことないだろう。俺は、幼馴染と親友を、同時に2人を、失ってしまったのだ。

「死のうだとか考えないでください。貴方には代価を支払う義務があります」

「愛が死んだってのに、おばちゃんがプリンを作る訳ないだろ」

「人間の都合など知りません。私は気が長い方ではないのです。早く抹茶プリンを用意するのです」

 血の滴る鎌の刃を拭きながら、こやけは言う。ここで断ると、俺は殺されるだけなのだろう。しかし、それだとこやけも抹茶プリンを食べることができない。それなら、殺されることは無い、のか? こやけを見ると、いつの間にか鎌は消えていた。彼女は花をも手折らないと思わせるような笑顔を浮かべている。

「貴方は考えたのでしょう。そして気付いたのでしょう。私に抹茶プリンを渡さないと殺されると考えたのでしょう。しかし、それだと私が抹茶プリンを手にすることができない。つまり、殺されることは無い」

 俺の考えていることがわかるのだろうか。俺は目を伏せた。もう、どうしようもない。代価を支払うまでこの精霊は俺に付きまとうのだろう。

「そこで私は考えました。お店を夕焼けの里へ移転させれば良いのです」

「は?」

「我ながら名案だと思います。そうと決まれば早速準備に取り掛かりましょう。まずは、ヒトガタを――」

「待て。いったい何をする気なんだ?」

「ご主人様――景壱君に聞いてみてください。うふふ」

 太陽が照り輝いたかと思うと、こやけの姿は消えていた。不気味な笑い声が耳をこだましている。まだ近くにいるような感覚だ。辺りを見渡すと、見慣れた公園だった。さっきの夕焼けは何だったのだろうか。まだ日は高く、時計の針は12を差している。

「景壱に聞いてみろってどうやって聞くんだよ」

 あいつは夕焼けの里にいるんだろ。聞いたところで代価を要求されることもわかっている。これ以上代価を支払うことになるのはごめんだ。とりあえず、俺はおばちゃんの店へ行ってみることにした。愛のこともあるし、どこまで話が通っているか気になる。

 どうやら店はまだ開いているようだった。緊急の閉店はしていないようだ。自動ドアが開き、俺は店内へ足を踏み入れた――はずだった。

「いらっしゃい。繋げておいたで」

「どうなってんだ」

 景壱がティーカップを持って立っていた。間違いない。ここは景壱の部屋だ。紅茶の香りが室内を満たしていた。俺の足元を指差すと、払うような仕種をした。俺は靴を脱いで裏返して置いた。俺の問いかけに、景壱は紅茶を一口飲むと、口を開いた。

「事実をそのまま受け入れておいたほうが楽。ドアをくぐったらここに繋がってた。そんだけのこと。で、俺に何か聞きたいことがあるんやろ?」

「無い」

「遠慮しなくても良い。教えてあげる。こやけは抹茶プリンが好物」

「知っている」

「話は最後まで聞いた方が良い。だから、こやけは夕焼けの里に洋菓子屋を移転させようとしている。そうすれば、簡単に好みの味の抹茶プリンを手に入れることができるから」

「そんなこと――」

「面白いもの見せてあげる」

 景壱はギイィと古びた椅子を回転させると、キーボードを弾いた。モニターに人が映る。

「これ、誰かわからないってことはないよな?」

 そこに映っていたのは、こやけと、愛と悠太と、愛のお母さんだった。



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