第13話

 目が覚めるとすぐにおばちゃんの店に向かった。開店時間前だったが、俺の姿を見ると、おばちゃんは自動ドアを開いてくれた。ショーケースにはすでに色とりどりのスイーツが並んでいる。見ているだけで頬が緩んでしまいそうだ。だが、俺は先に用事を済まさなければならない。

「抹茶プリンを3ダース欲しいんだけど、無理かな?」

「あらあらそんなに沢山どうして?」

「えっと、昨日の子が送って欲しいって」

「あらあらそうなの嬉しいわ。でもうちのお菓子は皆保存料が無いからそんなに沢山作ったら――」

「大丈夫みたいだから、お願いします」

「んー、りょーちゃんが言うならおばちゃん頑張って作るわね。明日になるけど大丈夫?」

「うん。ありがとうございます。お願いします」

 俺はおばちゃんに深々と頭を下げてから店を出た。明日になれば代価の支払いは終わるだろう。これであの奇妙な奴らと縁が切れる。ここまで来たのだからついでに愛の様子を見に行こう。おばちゃんは特に何も言っていなかったが気になる。俺は愛の家に向かって歩みを進める。途中で見知った顔を見つけた。

「悠太」

「涼司か。お前生きてたんだな。死んだと思ってた」

「お前までそう言うのかよ」

「だって、夕焼けの里に行ったんだろ? 普通死んでると思うって」

 夕焼けの里というのはそんなにも有名な所だったのか。都市伝説だとか噂話だとかに興味がないから俺にはさっぱりわかっていなかったというのに。そして、だいたい死ぬことになるのか。あの場所は。

「で、どうだった? 夕焼けの精霊様って超可愛いって聞いたぜ」

「可愛いとは思う」

 何も知らないで見れば可愛いのだろう。あの精霊はビニール袋に生首を入れて帰ってくるようなやつだ。思い出すだけで嗚咽が漏れる。

「悠太は今から愛に会いに行くのか?」

「そうそう。昨日電話もらってたけど留守電も入ってなかったし、メールもなかったし、Twitter見たら、夕焼けの精霊がどうのって書いてるしさ」

「あいつ、先輩を――」

「俺も殺して欲しいやつがいるんだよねぇ。紹介してもらおうかなって思ってさ」

 何を言っているんだこいつは。悠太とは大学からの付き合いだが、こんな奴だとは思わなかった。簡単に人の命を奪って良いと思っているのか。代価が何になるかもわからないというのに。どうして俺はこいつと愛の幸福を願ってしまったのだろうか。今更後悔しても遅い。

「昨日都市伝説の番組やっててさ。すっげータイミングだと思ったぜ」

「あーそうかよ」

「呪いの歌ってのもあるんだってさ。聞いたら自殺するって都市伝説でさ」

「どんな歌だよそれ」

「自殺の聖歌だとか言われてるやつ。番組中じゃ流してくれなかったけどさ、検索したら聞けた。涼司も聞いてみる? 都市伝説だから聞いても死なないだろうし」

「へえ。どういうやつだ」

「ちょっと待ってな。えーっと、これこれ! 『暗い日曜日』って曲名」

 悠太が再生ボタンを押したと同時に、物悲しくも美しい旋律が耳を突き抜けた。聞いたことがある。この曲を、俺は、聞いたことがある。そして、愛も同様に聞いたことがある。背中に恐ろしい悪寒が走った。

 愛の家に着き、チャイムを押すが反応が無い。鼓動が早まる。悠太は鍵を取り出すと、さっさと入っていった。

 嫌に静かだ。まるで生気が無い。階段を登り、愛の部屋へ向かう。ドアをノックしたが返事はなかった。ゆっくりとドアを開く。愛の姿は無かった。まさかそんな。

 隣の部屋のドアを開く。いない。まるでかくれんぼをしているようだ。次から次へとドアを開く。やがて、俺たちは辿り着いた。ドアを開く前から異様な感じはしていた。水が廊下にまで溢れてきている。赤い色が溶け込んだ水だ。恐る恐るドアを開く。脱衣所のタオルが赤く染まっていた。奥の浴室からシャワーの水音が絶えず聞こえる。凄まじい勢いで水が出ているようだ。

「なあ。これってやばくね?」

 悠太は言う。浴槽に手を突っ込んでいる愛がいた。手首にはザックリと深い傷が入っている。剃刀が落ちていた。嘘だろ。

「救急車!」

「もう死んでるって!」

「呼べよ! お前の彼女だろうが!」

 涙目になっている悠太に救急車を呼ばせる。俺は愛に触れる。温もりは感じられなかった。だが、何もせずにこの場を離れる訳にはいかないだろう。俺はシャワーを止め、浴槽から腕を引っ張り出し、脱衣所にあったタオルで傷を縛った。悠太は腰が抜けたのか座っているだけだった。

 まもなくして、救急隊員と警察が来た。ああ、もう死亡していると判断されてしまったのだろうか。俺にはわからない。事情聴取までされている。どうしてこんなことになってしまったのだろうか。俺があの精霊を連れてこなければこんなことにならなったというのに。俺は、愛と悠太の幸福を願ったのに、愛は死んでしまった。しかも自殺だ。そこまで追い詰めさせてしまった原因は俺だ。俺も死んだ方が良いのだろうか。いいや、ここで自殺すれば、あいつらの思うツボだろう。

 病院を出て、近くの公園を歩いていた時だ。

「こんにちは」

 声が上から降ってきた。夕焼け色をした少女が綺麗な笑顔を作りながら立っている。こやけだ。悠太はすぐに彼女へ走り寄った。そして口を開く。

「あいつを、愛を殺したあいつを、殺してくれ!」

「りょーちゃんさんは愛さんを殺してなんていません。愛さんは自殺なのですよ」

「愛が自殺した原因を作ったのはあいつだ! だから、あいつを!」

「私はりょーちゃんさんに愛さんと悠太さんの幸せを願われています。それを叶えなければなりません」

「愛は死んだんだ! 涼司のせいで!」

「ですから、私は、愛さんと悠太さんの幸せを叶えて差し上げます」

 それは、一瞬の出来事であった。辺りは夕焼けに染まり、足元には首が転がっていた。気絶できればどれほど楽だったのだろうか。俺の意識は不自然なほどに冷静に事実を受け止めていた。悠太の首が足元に。胴体がこやけの前に倒れている。地面を赤が染めている。

「2人一緒に逝けば幸せではありませんか」

 こやけは、歌うように楽しそうな声で言うと、猛毒を含んだ笑顔を浮かべた。その手には、身の丈以上ある血に濡れた大鎌を携えていた。


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