第10話

 俺の願い――?

 俺は思考する。今、俺の大切な幼馴染が――親友の彼女が――命の危険にさらされている。俺が2人の幸福を願えば、この夕焼けの精霊は叶えてくれるのだろうか。しかし、それには代価が必要となるだろう。この場合の俺の支払う代価は何になるのだろうか。人間1人の命を救うために必要な代価は、やはり人の命になるのだろうか。俺は、俺の人生を棄ててまで、幼馴染と親友のために死ぬのか――?

「俺の命と引き換えに、愛を――いや、愛と悠太の幸福を願う」

「勝手に代価を決めないで頂けますかね。代価を決めるのはこちらです」

「じゃあ、代価は何なんだ?」

「後で決めます。先に、ケータイでTwitterを開いて、愛さんに私が『夕焼けの精霊』だと教えた先輩のツイートを確認してみてください」

「あ、ああ」

 景壱の質問に単純に「いいえ」とだけ答えている愛の姿を確認してから、俺はTwitterを開く。愛のホーム画面からリプを送りあっている人物を見つける。夕焼けの精霊だと教えたリプ主のホームへと飛ぶ。そこには目を疑うツイートが並んでいた。

「これは、どういうことだ?」

「読んで字の如くですよ。『書いた覚えのないツイートをしているよ』とか『愛ちゃんにリプまで送っちゃってる』とか『乗っ取られてるの?』と」

 こやけは俺のケータイを奪うと、愛の先輩にリプを送った。「貴女の所為で愛は死にそうになっている。貴女の所為だ」という内容だ。俺のアカウントで何て内容を送ってくれているんだと思っていると、リプライ通知の音が鳴った。それは俺のケータイからではなく――

「なんとなくわかっていましたよね? そうです。あれが、乗っ取りの犯人です」

 ギイィと回転椅子の音が鳴った。景壱がパソコンの方に向き直したのである。愛を見ると既に疲弊しているようだった。血の気の無い顔で唇は紫になっている。ガチガチと歯が鳴っている。数秒して、俺のケータイが震えた。リプライの通知だ。

「こやけ」

「何ですか?」

「代価を支払ってもらうためにこの子連れてきたんやろ? それなら邪魔をするな」

「かしこまりました。ご主人様」

 俺はリプライの確認をする。『あたしは知らないわ』とだけ来ていた。景壱が送ってきたのだろうか。判断に困る内容だ。どうすればこの状況を打破できるのだろうか。

「そんなに怖がらなくても良いんやけどね」

「い、いいえ!」

「今のは質問やない。続けよか。あなたはまだ犬を虐待していますか?」

「いいえ」

「あなたはもう恋人に行為を強要していませんか?」

「いいえ」

「あなたはもう嫌がらせをやめましたか?」

「いいえ」

「あなたはまだ自作自演をしていますか?」

「いいえ」

 質問の内容が妙だ。全て決めつけているような内容だ。まるで愛が犬の虐待などをしているかのような質問だ。これはいったいどういう質問なんだ? 愛の頬には涙が伝っていた。声が震えて答えるのもやっとになっていた。

「そろそろ終わろっか?」

「は、はい」

って言ったはずやけれど」

 くすくすと小さく笑うと、景壱は椅子を反転させ、パソコンの方を向いた。終わったのだろうか。俺が愛に近付こうとすると、こやけの手が横から伸びてきた。

「まだですよ。私はご主人様に邪魔をしないように命令されていますからね。邪魔をするのならば、貴方を止めなければなりません。それこそです」

「愛は――」

「愛さんは、『はい』と答えてしまいましたね」

 『はい』と答えてしまった場合はどうなってしまうのかわからない。俺はこやけの袖を掴み祈るような体勢になる。もうこうなれば、この夕焼けの精霊に全てを託すしかない。しかし、こいつは景壱の従者だ。信用しきるのもどうだろうか。願いを叶えてくれるというが、代価もまだわからずじまいだ。

 再び椅子が回る音がした。景壱がこちらを見て少し目つきが鋭くなったように感じた。そう言えば、『ご主人様の興味があるのは私だけ』だとか何とかこやけが言っていたな。『あまり触らない方が良い』とも言っていたような覚えがある。そういうことか。こやけを人質にとれば、愛を助けだすこともできるだろうか。

「馬鹿なことを考えるのはお止めなさい。貴方ではご主人様には敵いませんよ。ネチネチと悪趣味なので面倒です」

 こやけには俺の考えが読めたのだろう。彼女は景壱の横に移動した。途端に表情が柔らかくなる。見ていてわかりやすいな。愛は――震えたままだ。

「それじゃあ、最後の質問しよか。あなたは――1分後生きていますか?」

 とても綺麗な笑顔だった。しかし、目は笑っていなかった。何も感じないような色をしていた。愛は目を見開き、震える唇で、「いいえ」と言った。


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