第9話
屋敷へ辿り着く頃には、陽は沈み、辺りは闇に包まれていた。街灯が不自然なほどに明るく見えた。屋敷の中は薄暗く、密度のある暗がりが重なり合うようにして奥へと続いているようであった。数刻前に案内されたように、開いた傘のプレートがかかった部屋へと通された。こやけはノックも無しに開けたのだが良いのだろうか。
部屋の中は真っ暗だった。窓には重厚なカーテンが引かれ、室内の明かりはすべて消されている。カーテンの隙間から僅かに街灯の光の筋が漏れていたが、それもかえって暗闇を際だたせる役目しか果たしていなかった。例えるならば、幽霊屋敷のような暗さだ。
「珍しいですね。いません」
こやけはそう呟くと、部屋の照明を点けた。弾けるような光が目をくらませた。四方を本棚に囲まれた異様な部屋。数刻前にこやけが渡した本がテーブルの上に置かれていた。もう読み切ったのだろうか。パソコンには白いカバーがかけられていた。キーボードにも同様に。
「どうぞ座ってください。今お茶でも淹れます」
こやけは俺と愛に絨毯に座るように促すと、ガラステーブルの上にグラスを3つ置いた。そのまま部屋を出て行くと、ペットボトルを持って戻ってきた。お茶なのだろう。とぽとぽとグラスの8分目まで注ぐと、「どうぞ」と言いながら差し出してきた。こやけはベッドに腰かける。
「良かったですね。今は観察されていませんよ」
「だからって何も状況は変わらないだろう」
「ふふっ。そうですね」
「私はどうなるの?」
今まで黙っていた愛が口を開いた。恐怖で顔は蒼白になっており、声を出すのもやっとのように見えた。こやけはにこにこと微笑みながらベッドから下りると、愛の腕を掴み、ベッドへ放り投げ、彼女に馬乗りになった。
「じっくり体を堪能されるかもしれませんね」
「ひえっ」
「と、脅してみたところで、ご主人様は私以外に興味は無いのでご安心ください。色仕掛けをしてみたいのならばご自由にどうぞ」
こやけは愛から下りると俺を見て少し考える仕草をした。
「ご主人様は悪趣味ですからね。他人の性行為を観察するかもしれませんね」
「そんな馬鹿な話があるかよ」
「でも、りょーちゃんと私がシたら、殺されなくて済むかもしれないんだよね?」
「だから、何故貴女は殺されることを前提で話しているのですか。…………お帰りですね」
こやけの声と共にドアが開かれた。数刻前に見たこの部屋の主で間違いない。景壱は部屋全体を見てから溜息を吐くと、俺の横を通り、肘掛け椅子に座った。と同時にパソコンの電源を入れたようだ。
「こやけ。勝手に依頼を受けて来んといて」
「良いではありませんか。貴方の話し相手に良さそうだから連れてきたのですよ」
「はあ。で、鈴木愛さんはいつまで俺のベッドに寝ているつもり? 幼馴染の目の前で犯されたいん? それはそれで興味深いけれど」
「や、やだ」
「それならさっさと起きて。こやけ」
「わかりました。ご主人様」
こやけは愛の腕を掴むと、絨毯へと下ろした。こいつは何でこんなに人を引っ張りまわすのだろうか。
「さて、俺の話し相手と言っても、特に俺から話すことも無いんよ。だから、俺の質問に、全て『いいえ』で答えて。それだけで帰してあげる。どう? 難しい話やないと思うけれど」
「本当に『いいえ』って答えるだけで良いの?」
「うん。たったそれだけ」
またそんなに上手い話があるだろうか。絶対にこの話には何かが仕組まれている。俺の隣に座ったこやけを見ると、首を横に振っていた。どういう意味なのだろうか。俺に近付き、耳元で小声で話す。
「りょーちゃんさん。景壱君――ご主人様は何かを確かめたいようです。彼の興味が尽きると――人間で言うところの最悪の事態になるでしょう。愛さんを助けたいですか?」
「当たり前だろ」
「貴方ならそう言うと思いました。それでは、改めてお尋ねしましょう。貴方の願いは何ですか――?」
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