第5話
「愛。お前今何て――」
「ごめんね! 噂では戻って来ることができないって聞いたから」
愛は両手を合わせながら俺に向かって頭を下げた。それだと死人に手を合わせているみたいだぞ。とは言わなかった。愛は昔からこんな感じだからだ。無意識に失礼というか無神経だというか。とにかくこんな扱いには慣れている。
「帰ることはできますよ」
「え? そうなの?」
「はい。変な噂を流すのは止めて頂きたいですね。風評被害です。帰ることは可能なのです。帰ろうと思えば、ですがね」
「帰ろうと思えば?」
「はい。帰ろうと思えば、帰ることは可能なのですよ。それなのに、人間たちは帰ろうとさえ思わない。それくらい夕焼けの里が素敵なので仕方ないことですがね。それより抹茶プリンはまだですか?私は気が長い方ではないのです」
こやけは俺の服の袖を引っ張りながら訴える。まだ家に着いていないというのに、何を言い出すのだろうか。愛は目をしばたかせて、こやけの話に驚いている様子であった。俺も驚いたけどな。都市伝説だと「帰ることはできない」と言われていたところから、こうして元の街に戻ってきているのだから。
少しして、愛の家に着いた。リビングのソファに座って待っていると、おばちゃんが嬉しそうに抹茶プリンを2個持ってきて、俺とこやけの前に置いた。見ると、どれも形が少し崩れているようなものであった。確かにこれだと店に出せないよなぁ。と思っている間に、こやけは抹茶プリンに手を伸ばしていた。きらきらと目を輝かせながらプリンを食べている彼女は、とても可愛らしく見えた。
「りょーちゃんさん食べないならください」
「りょーちゃんさんって呼び方はどうなんだ」
「食べないのですか? 食べるのですか? どちらですか?」
「あげるよ。好きなんだろ? 抹茶プリン」
「大好きですよ。頂きます。有り難うございます」
俺の分の抹茶プリンもあっという間になくなっていた。あの様子だと、ずっと食べたいと思っていたっぽいもんな。なんだか嬉しそうに食べているのを見ていると、こっちまで嬉しくなる。
「ご馳走様でした! とっても美味しかったです! お代はいくらですか?」
「あらあらお代なんて良いわよー。どうせ店に出せるような物じゃなかったんだから」
「ですが、代価を支払わないと私がご主人様に叱られてしまいます。
「それじゃあ、また食べに来てくれるかしら? その時にお代を頂くわ」
「はい。絶対に買いにきます!」
こやけとおばちゃんが笑いながら会話をしている。こうやって見ていると、彼女は人間と何ら変わりなく見える。しばらく2人を見ていると、愛が俺の横に座って小声で言った。
「りょーちゃん。あの子、夕焼けの精霊様よね?」
「知ってるの?」
「Twitterで『髪がオレンジのグラデーションで目が赤いお客さんが来た』ってツイートしたら、リプがきて」
「誰からリプが来たの?」
「うちの会社の先輩だよ」
「へえ」
「夕焼けの精霊様ってことは、何でも願いを叶えてくれるんだよね?」
おばちゃんがリビングから出て行くのを見計らって、愛はこやけの顔を覗き込むようにして尋ねた。その瞬間。俺の背中を悪寒が走った。なんとも気持ち悪い感覚だ。振り向くことはできないけれど、俺は直感した。愛を止めないといけない。
「何でもではありません。私にもできることとできないことがあります」
「じゃあさ、この人を殺して――ってのはできるの?」
「愛! 何を頼もうとしてるんだよ」
「ちょっとウザい先輩がいてさぁ。いいじゃん」
「良くないだろ!」
「りょーちゃんって良い子だよね。昔っからそう。アタシが中学の時に煙草吸ってたのも先生にチクッたし。そういう真面目なところどうかと思うよ」
「それとこれとは関係ないだろ」
「はいはい。で、夕焼けの精霊様の――えーっと、リプ的には、こやけちゃんだっけ? こやけちゃん的にはオッケーな感じ?」
「代価を頂きましたら」
「代価? 何なの? いくら払えば良いの?」
「金銭に興味はありません。そうですね、今回の場合は――私のご主人様の話し相手をして頂きましょうか」
「話し相手?」
「はい。話し相手です。ただ話すだけで、そのウザいという人を消すことができます。悪い話ではないでしょう」
「オッケー。オッケー。話し相手をするだけで良いなんて上手い話ないよね。じゃあ、早速よろしくね」
俺が話に入る隙も無く、とんとん拍子に話は進んでしまった。そんなに簡単で上手い話なんてないのに、どうして愛はわかっていないのだろうか。こやけのご主人様の情報はリプで受け取っていないのか。
こやけは俺の横を通り、リビングから出て行ってしまった。本当に殺しに行くつもりか? 止めようと思ったところで、俺にはどうすることもできそうにない。元より、ドアを出てすぐに追いかけたのに、彼女は既に姿を消していたのだった。
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