君に届けセミロング
織田 宵
君に届けセミロング
クラスメートの
千明は、ゴールデンウィークが始まる直前に私達のクラスに編入してきた。高校生にもなって転校生が来るとは思っていなかったし、しかも時期が中途半端だったから、千明はみんなの注目を集めていた。私もそのみんなのひとりだった。
出席番号とクラスでの座席が近かったためすぐに親しくなり、気づいたときにはお互いのことを名前で呼ぶようになっていた。
そのころには、私が千明に好意を抱いているということは、クラスの女子にはおおかたバレていたのだろう。
活動が週に二回とお昼休みの当番しかなかった放送部に所属していた私と、そもそも部活に入っていなかった千明は、ときどき帰りが一緒になった。
どうでもいいことばっかり話していた。でも、私にとってその時間は、どうでもよくなんてなかった。
ーーーー
今となっては、どんな流れでその話になったのかはぼんやりとしか覚えていない。友達がみんな髪を切ってたから、私も思い切ってもっと切っちゃおうかなって言ったような気もするけれど、どうだっけか。
ただそんな曖昧な記憶のなかで、その言葉だけはしっかりと刻み込まれていた。何度も何度も頭の中の千明がそう言った。夢にも出てくるくらいだった。
「紬、髪伸びたねー」
休み時間、私の髪をおもちゃにしながら、仲のいい友達のひとりの
「紬の一途さに全私が泣いたよー。ほんとかわいいなー、このっ、このこのっ」
「何するのさ、紬はあたしのだからね」
「やめてっ、私のために争わないでっ!」
どうでもいい茶番にみんなして笑う。甲高い笑い声は、教室によく響いた。
その瞬間だった。
「え、お前、彼女いたのかよ?!」
私達の笑い声を上回る声量でクラスメートの原田が叫んだ。
他人の色恋事情に敏感な年頃の私達はいっせいに黙り教卓の方を振り返る。それは他のみんなも一緒だった。
「あれ、俺、言ってなかった?」
教卓の中心、そして話題の中心にいるのは、千明だった。そこから全てを察せないほど私はばかじゃなかったらしい。
渦巻く色々な感情と、向けられる視線を知らんぷりして、教卓の方に駆け出す。私の髪が揺れる。終わったんだ、何もかも。本人に伝えることもなく、あっさりと終わっちゃったんだ。
「ちょっとばか千明ー、彼女いるとか知らないよー!ここまで隠し通すなんて水臭いなぁ」
怒涛のように言葉が口から流れ出す。ああ、私は今、いつものように笑えているだろうか。
私の言葉を皮切りに、がやがやと教室が賑やかになった。教卓の周りには人が溢れていて息苦しいし暑いけれど、それくらいの方が誤魔化せそうでよかった。千明は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、ずっと笑っている。
「ほんと、早く教えろよなー」
「ねー!あ、そうだ、写真とかないの?」
「見たい!っていうか見せろ!」
千明は、えー、とか何とか言いながらも、スマホの写真フォルダから彼女さんとのツーショットを見せてくれた。私は今、笑顔を作れているのだろうか。
その日の帰り、一緒に帰った友達数人が、何も言わずに駅前のお店でたこ焼きとクレープをおごってくれた。ただ私の頭を撫でて、あとはいつものように馬鹿みたいに話して馬鹿みたいに笑ってくれた。クレープとたこ焼きは、美味しかったけれど少ししょっぱく感じた。
最寄り駅から家までの道をひとりで歩く。駅前商店街の美容室の前で私は足を止めた。
「髪、切ろうかな……」
せっかくここまで伸ばしたんだけどな。ぴかぴかに磨かれたガラスに私が映る。なかなかにひどい顔だ。
「ベリーショートか、似合うかなぁ……」
休み時間に千明が見せてくれた写真。千明のとなりに写る笑顔の可愛い女の子は、ベリーショートがよく似合っていた。
人の髪を褒めておいて、その言葉に自惚れて伸ばして、なのに実はベリーショートの彼女がいました、なんて。千明が選んだ子だから私なんかよりも素敵でいいこなのは分かってるし、ベリーショートだからその子にしたわけじゃないとも分かってる、つもりなのに。
また歩みを進める。頭の中に千明と過ごした日々が駆け巡る。声が、笑顔が、仕草が、脳裏にこびりついて離れない。
あぁ、私。
千明への思いを、今すぐバッサリ切れるはずなんかないんだ。
結局私はそれからしばらく、髪を切ることはなかった。
君に届けセミロング 織田 宵 @konpeitou
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