道半ばの果て、かくして君は旅立つ

 魔導局局員である紫藤圭は湧き上がる高揚を抑えつつ現状を分析していた。元々予想外であったこの襲撃は、予想外の援護によってなんとか均衡が保たれている。その透明の壁を作り出した術者が何処にいるかは残り香で分かるが、現在優先すべきは襲撃者の撃破だ。視界に映るは黒いローブで全身を隠した男か女か分からない人型。そこから漏れ出る魔力のなんと邪なることか。

 負の魔力結晶の暴走にしては濃すぎるその力に既視感を覚える。かつての観測者たちが語り、見せた異形の悪鬼、それに似ている。

「異形の悪鬼が現れるとき、この『都』、本当を象る」

 『それ』に至った観測者は最期に皆そう言う。戦闘に特化した私や他の局員では観測に特化した同僚の言葉を理解することはできないし、するつもりもない。ただ、これの出現が何かとんでもないことの予兆だというのは理解できた。

 ローブから漏れる魔力量上昇。攻撃の前兆だ。


≪下がれ!≫


 相棒が念話越しで叫ぶが、遅かったようだ。既に事象は成されていた。

 浮かぶ幾何学模様、纏うは紫電。六つの式が同時に成され、六つの解が世界に干渉する。この間ほぼノータイムで眼前には残像を映し鋭く奔る雷電が迫っていた。だからこちらもノータイムでことを成す。


——不敬にして不遜 喰い空かすは我が身心 万象は我に牙を向く

≪おい馬鹿! クソッ ——不動にして不沈 喰い空かすは友の身心 喰い空かすは己が身心 具現せし守護の城壁≫


「〈シェアグラッジ〉」

≪〈クレイウォール〉! 死にてえのか手前は!≫


 私が発した鍵言によって魔導式は正常に作動。効果によって方向を変え私に集まる六つの光の奔流。それが肉を焼き、穿つ寸でのところで地面から急激に盛り上がった土壁に阻まれる。直後に感じたのは衝撃と熱量。そして握る銃身から漏れる激怒の声であった。



「〈ヒールゼファー〉 これで持ち直して!」


≪流石リュッコちゃんいい仕事をするぜ。おい馬鹿圭聞いてるか? 手前もう動けねえだろうから交代しろ。【転化スイッチ】」


 どうやら僅かに意識が飛んでいたらしい。目覚めた視界に映るは崩れた城壁に残った焼き痕。どうやら先の攻撃は防ぎきれなかったらしい。身体的に異常はないが肉体の自動再生に魔力が使われ過ぎたのか体が怠い。今だけは横で手を繋ぐ相棒に大人しく従った方が良さそうだ。


「どれくらい経った? 【転化スイッチ】≫

「きっかり3分だ。状況はこちらが優勢って言ったところかね」


 発した言葉を境に視覚と嗅覚は途切れ、聴覚が薄まり、第六感というべき直感だけがより鮮明に鋭くなる。感じるのは100m先で行使された魔導の残り香。そこからさらに20m離れた先で行われている戦闘の残滓。現状を理解するにはこれだけでも十分すぎる。

 そこにあるのは変わらずに蠢き続ける負の魔力と対抗する7人分の魔力……7人? どうやら見覚えのない魔力が混じっているようだ。いやこれはあの透明な壁と同じ……ということは


「火力役の俺等無しであそこまで立ち回るもんだから奴さん大したもんだ。こちらに勧誘したいぐらいにはね」


 私がそれの存在に気付いたのと同じくらいに相棒が話しかけてくる。視界は映らないが物珍しいものを見るような顔をしているのだろう思った。それに対して私は相槌を打つ。


≪勧誘するのは自由だが無理だろうな≫

「だろうなあ。訳ありなのはわかるんだけど、それ以上にきな臭いんだよなあ。まあとりあえずは行くか」


 私の思念に対して、相棒はやっぱりと言った声色で答えた。その中に僅かな諦観が見えていたが、それを指摘するようなことはせず軽口をつく。


≪あまり派手にやってくれるなよ? 私が壊れてしまう≫

「あれだけこっちを振り回して良く言うぜ。大丈夫だ、手前程頑固で強情な精神の持ち主がそう簡単に壊れはしねえだろ。まあ今回も出番はなさそうだがな」

≪そうだといいがな≫

「………」


 これ以上話すことは無いのか、時間が惜しいのかはわからなかったが相棒は私の『柄』にあたる部分に手をかけるとゆっくりと動き出した。その先で戦闘は終幕に差し掛かっていた。




——哀し侍りし呪縛の斬り紙 喰い空かすは己が身心 赤の鎖、止めよ

「〈イービルバインド・パージ〉」


 水無月冬華が放った3枚の封紙から出は朱に染まった鎖。それは対象に向かってうねり、絡みつかんと肉薄する。が、浮かぶ幾何学模様に阻まれ瞬時に霧散。鎖を防いだ幾何学模様から反撃とばかりに氷柱が射出される。


「っと、ったぁ!」


 襲い来る氷柱から彼を護るようにして現れたのは一人の少女。その華奢な腕の前では身長の倍以上はある盾が地面に根を張っていた。吸い込まれるかの如く氷柱は盾に衝突し、割れるような音とひんやりとした衝撃を辺りに散らす。削り合いの結果は一瞬にして決まり最後に残ったのは巨大な盾であり、押し負けた氷柱は完全に砕け、破片となって辺りに散っていった。


 その刹那、煌めく破片に隠れるようにして放たれた鉛色の一撃が黒ローブを貫く。一撃が放たれた方向には、先ほどまでそこにいて後方で支援に当たっていた杖持ちの少女の姿はなく、今では銃口から煙を垂らす長銃を携えた少年に代わっていた。


「っらぁ! 落ちろ」


 身体を穿たれ、体勢を崩す黒ローブに背後から肉薄するは鉛色に煌く一本の刀を持った隻腕の少年。彼は助走をつけ飛び上がると、中空で身体を捻り、その速度と遠心力を乗せて刀を振り下ろす。それは本来であれば頭頂部から股下まで一刀両断する軌道であったが、それは叶わず、浮かぶ幾何学模様に防がれていた。


「やっべぇ!」


 慌てて後退する少年の眼前で形成される反撃の火球。ちりちりと辺りを焦がすそれが射出される瞬間、幾何学模様ごと火球は突然霧散した。消えた幾何学模様の後ろに少年が見たのは、何重もの赤い鎖で雁字搦めにされた黒ローブの姿だった。



 自分が放った4枚目の封紙から伸びた4本目の鎖は不意を突かれた黒ローブを瞬く間に拘束し発光しだす。効果は封魔と浄化。それによって展開された幾何学模様、もとい異世界式魔法陣は無効化され、正の力を持った光が負の塊であるそれを蝕み、ジュウジュウと音を立て焦がし、溶かしてゆく。瀕死状態になったところで効果を解除し、拘束はそのままにして黒ローブへと歩み寄った。


 そして途中で歩みを止めた。距離にして僅か三寸程、つまり目と鼻のすぐ先でそれは口を開けていた。

 先の黒ローブが操っていた幾何学模様を魔法陣と呼ぶのであればこちらは転移門と呼ぶべきであろう。幾重にも重ねられた幾何学模様がとる形は口の開いた大きな箱、すなわち四角。幾何学模様の辺で囲まれた口の中に見える景色は黒一色で時たまに陽炎の様に揺らめいているように見えた。


「どうした、進まないのか?」


 戦闘が終わり、警戒しつつも共に黒ローブへ歩み寄る長銃を持った少年が話しかけてくる。その切れ長の目の焦点は眼前にある箱に合っておらず、箱の後方にいるのであろう雁字搦めの黒ローブに合っているようだった。彼は立ち止まった自分と違い、歩みを止めず、四角の辺に映る幾何学模様をすり抜けていった。


「ここに何か見えないか」

「いや、何も。君は何か見えて……いるみたいだな。リュッコ何か感じるか? え、ちょっと待て、今は……おいっ!」


 少年は目を細め、途中からそこに見えない何かと会話していた。そして制止の言葉をかけたあたりで、彼が握る長銃が発光を始める。


「……っとこれでよし。水無月冬華さんですね。先ほどのご協力感謝いたします」


 光が収束すると先ほどの長銃は手元から消え、代わりに現れたのは先ほどまで後方支援を行っていた杖持ちの少女だった。少年同様切れ長の目をしており、顔のつくりもどことなく彼と似ている気がする彼女は少年の手を握ったまま自分に挨拶をしてきた。


「ああ、どうも初めまして?」

「おいリュッコ、何してくれてんの? まだ臨戦態勢解くわけにはいかないんだけどよ」

「にぃは黙ってて、それか転化して。どうせこういった『視る』ことに関して精通しているのはこの中で私だけなんだから」

「ん? となると、リュッコさん、あんたにはこれが視えているみたいだな。じゃあ簡潔に聞くがこれは何だ?」


 会話の流れ的に自分に見えるのが幻覚だとかそういった類ではないことに安堵し、改めて眼前の異物の正体を訪ねる。リュッコと呼ばれた少女の横では先ほどの少年が不服そうに溜息を吐き、切れ長の目をさらに細め、気怠そうに【転化スイッチ】と呟き、姿を杖に変えていた。


「多分冬華さんが最初に思い浮かべたもので合っているわ。どこに繋がっているかは不明だけど、考えられるのはあの黒ローブが居たであろう場所かしら?」

「そのまま敵さんの要所か。妥当な考えではあるがそうなるとここからまた敵さんが現れるんじゃないか?」

「否定できないわ。だから早急に解析する必要がある。そうでしょう、リーダー? って江夏さんか。リーダーは反動でダウン?」

「いや、馬鹿圭なら数分前にきっかり起きたぞ。まあ使い過ぎで怠そうではあったがな」


 そう言って後ろから会話に参加したのは幅広の大剣を背負った強面の青年であった。灰色の髪の毛に野暮ったい印象を覚えるその顔に自分は見覚えがあった。彼の名前は江夏宏也といい、自分が所属する私立高校——白院高校では名の知れた有名人である。良い意味でも悪い意味でもだ。

 彼が残した武勇伝は語るには長すぎるため省略するが、彼の立ち位置を一言で説明するなら『魔王』という言葉が適切であろう。ちなみにうちの学園には彼を上手くいなすことから『勇者』と呼ばれ、文字通り彼の手綱を引く人物も存在している。いや、周りには知られていないようだがあれは手綱を引くというより振り回すといった表現が正しいのかもしれない。その彼女の名前は紫藤圭。おそらく彼と同じ魔導局局員でリーダーで彼に背負われてる大剣なのだろう。


「梨華と伊月、その黒ローブは任せた。俺は本部への連絡、リュッコはこのまま『視えた』ものの解析に当たってくれ」


 『魔王』こと江夏先輩が指示を出すと巨大な盾を背負った少女——藤堂梨華は長く伸びた青い髪を揺らしつつ黒ローブへと歩み寄ってゆく。その先では刀を腰に下げた隻腕の少年——佐坂伊月が、鍛えられた太い右腕を黒ローブのフードに当たる部分へ伸ばしていた。


「さてと、圭さんや上への報告を頼んだぞ。俺は将来有望なかわいい後輩とお話を……っておい待て、馬鹿やめ——」


 目を細め、何かと会話する江夏先輩。その直後光り出す大剣、慌てる先輩、覚える既視感。光が収束し大剣の代わりに現れたのは先の予想通り『勇者』と呼ばれる紫藤圭。江夏先輩は彼女が握っている拳銃へと姿を変えたようである。


「……ふむ、こうして顔を合わせて話すのは初めてだな、水無月冬華。まずは此度の協力に感謝しよう」

「どうも、感謝は受け取りますが、今回は失敗したなと自分は思うのですよ生徒会長様」

「そうだな、こちらから告げ口を入れるつもりはないが、視ている者はいる。故にどうしようもならんだろう」


 挨拶を交わし、真っ先に自分が抱く懸念事項を伝えるが、返ってきた答えは予想通りともいえる無情なものであった。彼女が所属しているであろう魔導局は全ての『輪っか持ち』を管理している。魔導の制御が出来ている者、出来ていない者どちらも全てをだ。しかし自分は境遇によるとある事情のため魔道局が行う監査を受けるわけにはいかなかった。『輪っか持ち』でありながら正体を隠し魔導局の管理下に置かれていない者は多いとよく聞かれるためか目の前の彼女は詳しく言及してこないが、言えるはずもない。着けた輪っかが悉くぶっ壊れているだなんて。


「そうこうしているうちに、視ている奴らは動き出すから逃げるなら逃げておけ。逃げ切れるかもしれんぞ」

「無理言わんといてくださいよ。今や『都』のあちこちに『視界』を持つ魔導局から逃げ切ることなんてできないでしょうが」

「その『視界』が届かない場所があるとしたら?」


 その言葉に一瞬にして空気が凍った。口角を吊り上げ爆弾を投下した彼女の形相を見て自分は「もうこいつが『魔王』なんじゃないかな」と思った。魔導局の『視界』が届かない場所。即ち、眼前にある門の向こう側である。それに気づいたのか門の解析に当たってたリュッコが抗議の声を上げた。


「ちょ、何言ってるのですかリーダー!? そんなこと許したら上が黙ってないわよ」

「何を言う。これから起こるのは不幸な少年だけが犠牲になるただの事故だ。私たちは何もしない。気づいたら「不幸にも何もないところでこけた少年が、不幸にも解析中の正体不明の門をくぐってしまい、不幸にも別の次元に飛ばされる」そうなるだけだ。そこにたまたま私が持つ通信機も紛れてしまっても構わないだろう?」

「そんなのただの確信犯じゃない、いつものノリで無関係の人を巻き込まないでください! 冬華さんも反対しないと本当にそうなってしまいますわよ」

「あーなんか自分今すごいこけそうだわー空気に躓いて門の方向にこけちまいそうだわー」

「冬華さん!?」


 予想外の言葉にリュッコが驚愕の声を上げるが、正直言って今この紫藤大魔王が挙げた案は自分にとって魅力的なものに思えた。どうせ魔導局にいっても待っているのは証拠隠滅、口止めのための死だけだろうし、ならばいっそ死地であろうと未知の異界に踏み込んだ方が生存率は高いかもしれない。

 そんなふうに思っていた時だ


「とうかー終わったーみたいだね」


 危険であろうと思って後方に下がらせておいた彼女が。


「それじゃーわりーですけど、こっちも終わらせよーか」


 真っ白なフードを被って表情を隠した赤花彩花が現れたのだ。右手を掲げた彼女から広がるは解析中の門や黒ローブの操る魔法陣に見られたのと同じ幾何学模様。それはまるで自分たちを囲むように展開し空までをも覆いつくしてしまった。その数は幾千、幾万、幾億。もはや数える気力すら起きない。見渡す限りの幾何学模様で空間は閉鎖されてしまった。


「先に謝っときますよ魔導局戦闘班の皆さん。わりーですけどとうかをそっちに渡す訳にはいかねーんですよ」

「いいぞ、くれてやる」

「えっ」


 大胆不敵、或いは決意を固めたかのように啖呵を切って見せた赤花の言葉に対して紫藤大魔王が間髪入れずに返答した内容は肯定であった。それに虚を突かれた赤花は先の態度とは真逆で、今度は恐る恐るといったように確認をとる。


「えーと、そのほんとーに大丈夫ですか? とうか『輪っか持ち』ですよ」

「彼は今から事故で異界へ飛ばされる予定だから私はそんなこと知らん」

「えっえっ」


 自分と紫藤大魔王の会話の流れを知らないが故、赤花は状況を飲み込めていないようだ。そしてついにオロオロしだしてフードもとって今にも泣きそうな表情で自分に助けを求めていた。壁のように展開された幾何学模様が所々薄れていて慌てたりもしている。かわいい。このまま無言で放置して眺めるのも悪くはないが、流石に魔導局という懸念事項があるためここで助け船を出してやる。


「赤花、お前は知っていると思うが、自分は魔導局の管理下に置かれるわけにはいかないから、魔導局の『視界』に入らないところへ逃げたい。即ちこの門の向こう側だ。それを魔導局局員である紫藤大魔王様——ぶぉっはあ!?」


 呼び動作も音もなく空気を切り裂く勢いで振り下ろされた銃把は正確無比に自分の頭をかち割った。飛びかけた意識を根性でなんとかかき集めると、眼前で紫藤大魔王——生徒会長様が凄んでいた。そして一言。


「もういっぺん逝ってみるか?」

「生徒会長様が!」

「うむ、よろしい」


 もうヤダこの生徒会長。すんごい怖い。ほら、赤花の顔も血の気が引いたのか徐々に白くなってるし。きっと戦闘になるのを想定してたんだろうなあ。避けれてよかったな。

 そう思ってから、自分は言おうとしたことを簡潔にまとめ言い直す。


「で、だ。簡単に言ってしまうと、自分がこの転移門の先に逃げるということを生徒会長様が黙認したというわけだ」

「えっ」

「てなわけで自分は今から異界へ旅立つ。じゃあな」

「えっえっ……ってちょっと待てー! なんで勇んで正体不明の転移門くぐろうとするかなー」

「だって、他に選択肢無いし」


 どうにも自分を引き留めて話を聞いてほしいかのような赤花へ対する自分の返答に、彼女は頭を抱え、「あー」だの「うー」だのと唸っている。幾何学模様はもうそろそろ消えてしまいそうだ。


「さて、赤花彩花。ここで君は何者かなんて無粋な質問をぶつけるつもりはない。私が聞きたいのは、君がどうしたいかだ。彼はこのまま事故でどっかに旅立つが、君はどうする? 私の目には君はまだ」


——決意が揺らいだままでいるように見えるが?


 ぐだっとした何ともいえないような空気に割り込んで、口を開いたのは紫藤先輩だ。彼女は口元に笑みを浮かべ、まるで試すような物言いで赤花に話しかけていた。それが彼女の真意を突いたのか、赤花は動揺し、うわ言のように「私は…うちは」と呟くと、再び覚悟を決めた、或いは吹っ切れたかのような表情で口を開いた。周囲では消えかけていた幾何学模様を上書きするかのように新しい幾何学模様が張り巡らされていた。


「うちは、とうかと一緒に転移門の先へ行く…!」

「よろしい。ならば餞別だ、受け取り給え」


 赤花の回答に満足したのか紫藤先輩はその笑みをさらに深くすると、左のポケットから何かを取り出し、赤花に向けて放った。空中で一瞬煌めいて見えたそれは、赤花の右手でしっかりと受け取られた。その中身を確認した彼女は目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。


「さて、おしゃべりは終いだ。連中が来るまでもう時間はないだろうから、さっさと行き給え」


 そう言って彼女はこちらを一瞥すると、背を向けた。そのまま近くにいたリュッコの首根っこを掴むと黒ローブのもとへ彼女を引き摺りながら歩み寄っていった。


「ちょ、リーダたんま、タイム、ストップ! 自分で歩くから、砂で制服汚れちゃうからぁ!」


 そう言って立ち去る二人を目で追っていると、不意に右手を引っ張られた。振り向いた先には赤花が不安そうな表情で自分を見つめていた


「とうか…」


 その姿に自分は息を飲んで、言葉を紡ぐ。


「自分のことについても、赤花についてのこともお互いに説明は後だ。向こう行ったらゆっくり話し合おう。だから今は覚悟決めたんならシャンとしろ、シャンとな」

「ちょ、ちょっと待ってそれじゃお——」


 赤花が言いかけたその言葉は、突如響いた轟音にかき消された。発生源は幾何学模様が重ねられた壁の一カ所。そこにひびが入り、間を置かずに砕け散る。中から現れ、こちらに踏み出してきたのは見覚えのある一人の少女。そして背後に続く軍服を纏った男女、魔導局だ。

 状況を察した自分は、赤花の左手を自分の右手で強く握り直し、追手である魔導局の先頭に位置する少女——桜ノ宮深月に背を向け門へと踏み入れる。


「だ、め——」

「にぃいいさぁあああん!」


 赤花の制止の声、深月の怒り、悲しみ、寂しさを孕んだ慟哭に足を止めるが、もう遅かった。門へ踏み出した足に粘性を持った何かが絡みつく。その得体の知れない感触に身の毛を逆立たせ短い悲鳴を上げる。がその悲鳴が自分の耳朶を打つことは無かった。疑問を覚える暇もなく全身に鋭い痛みが駆けていく。刃物で刺されたかのようなそんな痛みだ。瞬間視界は暗転し、全身から力が抜け落ちてゆく。膝でもついたのか、微弱な振動を受けるとそれっきり自分の意識は途切れてしまった。

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