第一章:隻眼の騎士 III

 行きより倍くらいの時間をかけて官舎まで戻ると、直ぐにベラム隊長がいる会議室―普段は溜まり場になっている―に向かった。ソール曰く、王子の側近の人を交えて警備の最終確認が行われているらしい。ドアを開けると、ベラム隊の面々が長机の椅子に座っていた。正面には隊長であるベラム…と、

「よう、久しいなシアン。」

「ベ…ベイン!何故ここに?と、いうことは…え?側近って、まさか…」

「ああ、俺のことだ。」

「…………」

 シアンをグングニルに推薦した張本人、ウェインがいた。


 ベラムのように熊のような迫力があるわけではないが、元グングニルでベラムの同期だったウェインは、……まあ、泣く子がまた泣き出す程には強面だ。彼の名前は発音しにくいとよく言われるので、親しい者は皆ウェインではなくベインと呼ぶ。


「見てたぞ、今日の試合。元気そうで何よりだ。」

 わはは、と笑うベインを尻目にシアンは定位置となっている一番端の席に座った。

「それはどうも。でも……調子に乗った私も悪いけど、ガーディアンがあんなに柔いとは思わなかった。」

「あいつらはまあ、所詮儀仗兵だ。ぶっちゃけ、剣に関しては並以上の実力があれば良いんだよ。」

 ここにいる全員の非難と呆れの混ざった視線を浴びながら、ベインは「そのためのグングニルじゃないか。」と言った。それでいいのかとため息をつく一同。


「あー、そろそろ本題に戻っても良いだろうか。」

 ベラムの言葉でベインの話しが止められた。

「配置については先刻言ったとおりで異論は無いな。シアンちゃんは参加者に紛れてフロアの警備と監視だ。でも、怪しまれない程度で良い。念のためだ。」

「了解。では不審人物を発見した場合、私はどうすれば。」

 ベラムが顎に手をあてて少し考えていると、横からベインが言った。

「いつも通りハンドサインを送ってくれればいい。下手にガーディアンに伝えるとシアンが怪しまれるからな。現行犯で危ないって時は、衛兵のパルチザンを借りてくれ。」

 ベインがベラムの方を向いて確認を取り、ベラムはそれに頷くことで答えた。


「シアンちゃん、そういえば昨日マチェータに、シアンちゃんは明日からグングニルの仕事を休ませてこちらに来させるように、と言われたんだが……それについては何か訊いているか?」

 シアンは苦笑いを浮かべながら答える。

「はい。なんでも、『今まで何をしてきたかは知らないが、舞踏会の日までには完璧な女の子になってもらう!!』そうで……。話し方とか、ダンスとか、色々やるみたい。」

「そうか、分かった。こちらの方の仕事はまあ、いつもとあまり変わらないから、シアンちゃんが抜けても何とかなる。そっちに行ってれ。」

「ありがとうございます、隊長。」

 そう言ってシアンはベラムに頭を下げた。

 ベラムは手をひらひらさせる。気にすんな、と言いたいらしい。


「ティム、消毒作業の方はどうなってる。」

 ベラムが、シアンの斜め前に座っていたティムに言った。ティムはグングニルに入る前、隠密行動を主とする部隊にいて、数年前その部隊が人員の不足と任務の減少に伴ってグングニルに併合された折、ベラム隊に入った。そのため、今でも彼は何かと諜報や暗殺などを頼まれる事が多い。

 それはさておき、消毒作業―「消毒」とは、医療用語では無く、火薬や武器、あるいはそれに準ずる物が会場内に無いか確認することで、以前からティムが前に居た部隊がその任を任されていた。今回もそのせいでティムが担当していたらしい。


 ティムはいつもより真剣な表情で言った。

「一応、会場になる場所の消毒は済んでる。前日かその前の日にもう一度確認する予定だけど。それと、城内の緊急通路は使えるようにしておいた。」

「分かった。それで、不審物は無かったか?」

「今のところは大丈夫。」


 ベラムはそうか、と言うと、横に居るベインに懸案事項が無いか訊いた。するとベインはあっと声を上げて言った。

「伝え忘れていた。王子のことだ。」

 ここに居るベラム隊の全員がベインの方を向く。

 ベインはこれまで王子の側近としてだけでなく、護身術、格闘、剣術なども教えてきた。だがその結果は芳しくないらしく、ベインは顔を曇らせた。

「すまない、駄目だった。手を抜いていてアレならまだ何とかなるが、真面目にやっててアレだからもう手の施しようが無い。一応、足手まといにならないような動きはできるようになったが、その程度だ。王子は自分の身すら守れないと割り切ってくれ。」


 信じられない、と言う目でベインを見る面々。

 元々王子は運動が出来る方では無かったらしく、太刀筋も悪かった。そこで元グングニルで、側近のベインが半年くらい前から色々と特訓をしていたのだが、そういうことらしい。

 ベラムが凍り付いたこの空気をどうにかしようとして言った。

「ま……まあ、元から戦力として数えて無かったから……足手まといにならなくなっただけでも、良いと思うことにしよう、うん。」

 無理をして明るい声を出したのだろうが、それがむしろ逆効果となっている。本人もそれに気づいたようで、この場の空気は更に重くなった。


「あ、それともう一つ。これは王子とは関係の無いことなんだが……」

 ベインが言いにくそうに切り出した。あまり明るい話ではないらしい。

「この前休戦協定を結んでそのままになっている隣国……『砂の国』が半月後、何も起こさないはずがない。シアンを会場内に紛らせて配置したのはその為でもあるんだ。各自、警戒を強めてくれ。俺からは以上だ。」

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