第19話「口先だけは嫌い!」

「何、言っているの! こいつらが先に声を掛けて来たのよ、いわゆるナンパなんだから!」


 相次ぐストレスから、フレデリカの眉間に深い皺が刻まれている。

 ああ、これではアールヴの超美少女が台無しだ。


 フレデリカのいらつきを全く無視して衛兵が念を押す。


「本当か?」


 これではフレデリカがブチ切れるのも時間の問題だ。

 俺もフォローしなければ!


「本当ですよ! ナンパされて、俺の嫁だと断わったら襲われたんですから」


 フレデリカに続いて、俺が衛兵へ弁明したその時であった。


「本当です。先程から見ていましたが、倒れている冒険者達が声を掛けたのをこの人達がきっぱりと断りました。それを逆恨みして先に殴りかかったのです」


「な? 本当か?」


「事実です。この人達は正当防衛ですね」


 一部始終を見ていたらしい、法衣ローブ姿の誰かが証言してくれた。

 しかし俺はそいつを見て驚く。

 俺達の無実を証言してくれたのは何とアールヴの男であったからだ。


 銀髪で長髪。

 髪の間から突き出た尖り耳に、濃い緑色の瞳を持つ整った顔。

 

 そして5人の部下らしいアールヴを従えていた。


 アールヴの顔を見た俺の嫁ズが驚く。

 全員、このアールヴの男を知っているようであった。

 その中で彼の名を呼んだのは、フレデリカである。


「あ! ヴェルネリ!」


「お久し振りですね、フレデリカ様」


 ヴェルネリというアールヴが証言してくれた為、俺達は疑われる事がなくなった。

 証言の裏付けを取る為、周囲の野次馬へ事情を聴いた衛兵は、納得してくれた。

 気絶している冒険者達を起こすと、さっさと連行して行ったのだ。


 まずここはヴェルネリへ礼を言わないと。


「ああ、ヴェルネリさんって言ったね、証言してくれてありがとう! ところでどこの、どなただい、フレデリカ?」


 俺がフレデリカへいつものように話しかけると、言葉を返すどころかヴェルネリはムッとしている。


「むうう、この冴えない奴が気安くフレデリカ様を呼び捨てとは! フレデリカ様! ……やはり人間などと、ご結婚されたというのは本当だったのですか?」


 ヴェルネリは大きな声を出して、責めるようにフレデリカへ事実確認をしようとする。

 しかし、冴えない奴って……

 案の定、フレデリカは華麗にスルーした。


「えっと、お兄ちゃわん……この人はヴェルネリ・クレーモラ。アールヴ長老家のひとつクレーモラ家の御曹司よ」


「長老家?」


「うん、ウチのエイルトヴァーラ家と共に、アールヴ族では有力な貴族なの」


 フレデリカが相手の説明をした時であった。

 ヴェルネリが俺達の会話へ割り込んで来たのだ。


「付け加えれば!」


「付け加えなくていいわよ! それに何で私とお兄ちゃわんの話に割り込むのよ」


「何を仰います! 僕こそがフレデリカ様の許婚いいなずけ! ……として結婚する予定だったのに」


 へぇ!

 こいつ、フレデリカの婚約者!? になる筈だった男か。


 俺がほうほうと頷いていたら、フレデリカが黒歴史など忘れたいという渋い顔をする。


「お兄ちゃわん、この人が婚約者とか言うのって、私が迷宮へ行く前にお母様が勝手に話をしていたのよ」


 成る程、話が見えて来た。

 しかしヴェルネリは必死に反論する。


「勝手にとはとんでもない。クレーモラ家とエイルトヴァーラ家同士でほぼ決まっていた話だ」


「何とでもほざいていなさいよ。私はもう人妻! 貴方との話なんか既に遥か彼方の過去形なんだから」


 フレデリカにきっぱり言われ、ヴェルネリは悔しそうに口篭る。


「くうううう」


「だってお祖父様もお兄ちゃわんの事が大のお気に入りですもの! 理由は聞いたでしょ?」


「ぐくくくうううう……」


 実はフレデリカと結婚する際に、フレデリカの実家エイルトヴァーラの一族からは結構反対の声があがった。

 フレデリカの両親と兄は俺が説得し、一族の筆頭長老ともいえるシュルヴェステル様は逆に俺を婿として勧めてくれたが、反対の声は収まらない。


 しかし業を煮やしたシュルヴェステル様が最後に持ち出したのが邪竜退治の話。

 悪魔アモンの事を言うと大騒ぎになるので、シュルヴェステル様と竜神王、そして俺の3人で邪竜共を蹴散らしたと言い放った。

 結果、俺は邪竜退治の勇者となり、反対を唱えていた者達もようやく黙り込んだ。


 こうして俺はフレデリカと無事に結婚出来たのである。


 フレデリカの婚約者まであと一歩とまで迫っていたこいつは面白くないだろう。

 俺の事が略奪愛の相手に見えるに違いない。


「くうう、悔しい! 僕は今も貴女を愛しているのに!」


 地団太踏むヴェルネリではあったが、フレデリカはしれっととどめを刺す。


「今も私を愛しているって? でもヴェルネリ、貴方は私が迷宮へ誘ってもいっつも逃げていたでしょう、なんやからと理由をつけて」


「そ、それは……」


「貴方は結構アウグストお兄様のお世話になっていた筈。お兄様が迷宮で行方不明になってもずううっと放置していたわ」


「そ、それは貴女の父上が捜索禁止令を出していたからだ!」


「じゃあ良いわ、それは百歩譲る。でも私がベルカナの街を出て居なくなっても迷宮へ探しに来る素振りもなかったじゃない」


「う! くうう……」


「この……口先だけの臆病者!」


「あううっ!!!」


 ああ、ヴェルネリがやり込められて顔面蒼白になっている。


 それにしても容赦ない。

 やはり女子って口先だけの嘘つき男は嫌いなのだろう。

 

 フレデリカの真意として、もし本当に相手の事を愛しているのなら、何らかの行動を起こすべきだと言ったのだ。


 こんな家同士主導の愛のない結婚など、元々フレデリカは嫌だったと思う。

 それに自分に対してしっかり意見を言ってくれる男性も居なかった。

 迷宮まで来た俺に諭されて理想のタイプに見えたというのは嘘ではないようだ。


「このお兄ちゃわんわね、私を助けに迷宮へ乗り込んで来てくれたのよ、そして私を守って、お兄様を救ったわ、口先だけの貴方とは違って!」


「…………」


「さあ、お兄ちゃわん。早く商業ギルドへ行きましょう」


「あ、ああ……じゃあ、さよなら」


 フレデリカは俺の手を握って引っ張る。

 助けて貰ったので、一応俺はヴェルネリへ一礼した。


 フレデリカが再び促したので、俺達は早足でヴェルネリの前から去って行く。

 アマンダとハンナは、敢えてヴェルネリと目を合わさない。


 後には呆然としたヴェルネリと部下達が残されていたのであった。

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