第15話「シュルヴェステルの依頼」

「トールに落札して欲しい品物じゃが、単刀直入に言おう。かつてバートクリード・ヴァレンタインが所持していた宝剣じゃ」


 俺達に今回の依頼を説明するシュルヴェステル様の目が……遠い。

 遥かいにしえの時代に思いを馳せている。

 

 しかし俺にはピンと来ない。


「バートクリード・ヴァレンタイン?」


 え~と、この異世界に来てからどこかで聞いた事があるが……誰だっけ?

 名前を言われても心当たりの無い俺がきょとんとしていると、シュルヴェステル様の顔がほんの少しだけひきつったような気がした。


「ははははは! トールはもう少し勉強せねばならん。アモンやバルバトスのいう事も尤もじゃ」


 ぽけっとしていたら、脇腹をツンツンされた。

 見るとジュリアがジト目で俺を見ている。


「旦那様……バートクリード様って私の故郷タトラ村のあるヴァレンタイン王国を建国した英雄、開祖だって……こんなの常識だよ」


 ああ、そうか!

 建国の英雄だった!

 いうなれば、この国の人にとってはアーサー王みたいな人だ。


 しかし、ジュリアにまで叱られてしまった。

 反省……


 シュルヴェステル様はしゅんとした俺を見て苦笑している。


「ま、まあ良い。予算は1億アウルム、トールへの報酬は落札金額の10%。1億アウルムを超えたら予算超過だから落札しなくて良い。逆に6,000万アウルム以内で落札したら報酬を落札金額の20%としよう」


 1億アウルムって!?

 約1億円!

 1億円だって!!!

 いきなりそんな大金を、俺に預けてくれるのかよ?


「え? それ凄い高額予算じゃないですか」


「ははははは、その代わり事務局への手数料や税金は予算内で仕切ってくれ」


 シュルヴェステル様は微笑むと悪戯っぽく片目を瞑った。


 ああ、手数料とか、税金を考慮して落札限度額を考えて入札しなくちゃいけないんだ。

 だけど1億って凄い予算だ。

 この前参加した時に分かったが、オークションはとっても面白い。

 だからこれは、絶対にやりたい!


「了解です! この案件はぜひ引き受けたい……出来れば、俺、そのお宝の謂れというか、詳しい話を聞きたいのですけど……良いですか?」


 モノには全て歴史がある。

 バートクリードの事を知らなくて怒られてしまったけど、建国の英雄なんて興味深い。

 ぜひ扱いたいと思う。


「そう来たか! だが依頼人の中には詳しい内容を教えず、品物と予算だけを伝え、黙って落札して来いという奴も居るから注意する事じゃな。まあ受注するかどうかは、トールの自由じゃが」


 成る程!

 代理人は言われた通りに仕事しろって人も居るのか。

 まあシュルヴェステル様の仰る通りに引き受けるか否かの自由はこちらにあるよね。


「りょ、了解!」


 俺が噛みながら返事をすると、フレデリカがVサインを出す。


「お兄ちゃわん! ナイスフォロー」


「ナイスフォロー?」


「うん! その剣の詳しい話、私も聞きたいわ。お祖父様の昔話ってとってもワクワクするのよ」


「昔話?」


 お祖父様の昔話?

 何だろう?


「ははははは! フレデリカが幼い頃、儂がよく冒険譚を話したのじゃよ。この子からすればまるで御伽噺のように聞こえたのじゃろう」


「うふふ、でもお義父様のお話は全て実話ですからね」


 フローラさんもにこにこしていた。

 後で聞けば、偉大なソウェルの冒険譚はアールヴにとっては年齢を関係なくわくわくするらしいのだ。


 成る程!

 そりゃ、そうか!

 なんたって7,000歳だものなぁ!

 凄いよ。


「と、いう事は?」


「ああ、今度落札して欲しい宝剣もかつて儂が鍛えて贈った剣なのだ」


 ええっつ、シュルヴェステル様って鍛冶も出来るの?

 すっげ~万能。


「ええええっ!? でもバートクリード様ってだいぶ昔の方ですよね?」


「そう、確か2,000年前くらいの事だったか……」


「に、2,000年前? そりゃ凄いですね!」


「ねぇ! お祖父様、早くお話しして、ねぇ早くぅ!」


「ははは、分かった、分かった」 


 可愛い孫娘にせがまれたシュルヴェステル様はにこにこして話し始めた。

 2,000年前……シュルヴェステル様は世界の様々な国を放浪していた。

 彼はたまたま通りがかった、魔物が人々を圧倒し蹂躙する地でみすぼらしい身なりのある冒険者と知り合い、一緒に冒険をした。

 その、ある冒険者というのが後のバートクリード・ヴァレンタインである。

 ふたりは数多の冒険を経て多くの仲間を束ね、凶悪な魔物共を辺境の地へと追い、秩序の無かった地に新たなる町を創った。

 シュルヴェステル様は冒険者の片腕といって良い存在であった。

 ある日、武器が壊れた冒険者の為にシュルヴェステル様はひと振りの剣を鍛え、それを与える。


 シュルヴェステル様は滅多に鍛冶などしないが、その冒険者の侠気に惚れていたし、手助けをしたかった。

 アールヴのソウェルが鍛えた魔法の剣を得た冒険者は意気に感じて奮闘し、町を広げ安定させて行く。

 そして遂に新たな国、ヴァレンタイン王国を打ち立てたのである。

 本懐を遂げた冒険者と仲間達が喜ぶのを見て、シュルヴェステル様は自分の役目は終わったと考え、そっと冒険者の前から去った。

 人間に化身し、偽名を名乗っていたので、冒険者はシュルヴェステル様がアールヴの、それもソウェルだとは知らない。

 現在、古文書の中には謎の魔法剣士という形でしか記録が残っていないという。


 シュルヴェステル様は自分の長い冒険物語を効率よく割愛して語ったので、確かに面白かった。

 淡々と語り、自慢話みたいな感じではないのも好感が持てたし、内容がわくわくどきどきする冒険の連続で、子供の頃のフレデリカが夢中になったのも分かる。

 

 今は亡き遠い過去の人の話ではない。

 当事者が何といっても生きて目の前に居る祖父なのだから尚更だ。

 俺と同じ事を感じたらしく、嫁ズも、エドヴァルド父もアイリーンさんも目をきらきらさせていた。


 シュルヴェステル様が優しく微笑む。


「先程、エドヴァルドの話を聞いていて、儂も魂の中にある思い出の扉を大きく開けたくなってのう……ぜひ宝剣を手に入れて欲しいのじゃよ」


 思い出の扉……か。

 ああ、俺達の店にどのような店名をつけたら良いのか分かったぞ。

 この店の名前は……追憶だ。

 後で皆と相談しよう。


 俺は大きく頷いてシュルヴェステル様を見詰めたのであった。

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