第14話「思い出は魂の中に」
エドヴァルド父は優しい目で語って行く。
哀しいが、愛に満ちた物語を……
そしてジュリアが目を赤くして、相槌を打ちながら捕捉して助ける。
父と娘……温かい気持ちが俺にも伝わって来る。
そして今日起こった奇跡……
エドヴァルド父の話が終わった。
部屋の中は暫し静まりかえっていたが、やはり口を開いたのはシュルヴェステル様であった。
「運命とは……不思議なものじゃ」
ああ、俺と同じ思いを、この偉大なアールヴの指導者も感じてくれたのだ。
「エドヴァルドの亡き奥方の仰る通りじゃな」
シュルヴェステル様はきっぱりと言い切った。
エドヴァルド父は確かめるように問う。
「ミレーヌの言う通り……ですか?」
「ああ、そうじゃ。真の思い出とは決して品物そのものではない。心の中にある、すなわち魂に宿るものなのじゃ」
「魂に! ……そうですね、今なら分かる気がします」
人は品物に固執する。
それは品物に思い入れ、そして積み重ねた思い出があるからだ。
しかし本当の思い出は品物自身にあるのではない。
あくまでも私見だが、俺もそう思う。
「ははは……しかし品物は大事な物。何故ならば品物は重要な鍵となるからじゃ。魂の中にある思い出を閉じ込めた部屋の扉は、時としてとても開きにくくなる。それを開け放ってくれるのが人々の思い出が篭もった品物なのじゃろう……お前達が今日得た指輪のように」
ああ、そうだ。
そうなんだ。
今、シュルヴェステル様が仰った事が真実なのだろう。
だから人は思いの篭もった品物を追い求めるのだ。
シュルヴェステル様の言葉に、エドヴァルド父も共感しているようだ。
「は、はいっ!」
大きな声で返事をしたエドヴァルド父。
見れば微かに唇が動いている。
声に出さず誰かの名を呼んでいる。
唇の動きで分かる。
その名前とは……ミレーヌ。
亡き妻の名前であった。
「羨ましいわ……」
エドヴァルド父の話に感動したらしいフローラさんがぽつりと呟いた。
竜神王の亡き妻に対する深い愛に思いを馳せたのだ。
フローラさんに忸怩たる思いがあるのを俺は知っている。
自分が夫と結婚したのは政治的な家同士の結びつきだと彼女は知っている。
夫マティアスが本当に愛しているのは家同士の都合で結婚した自分ではなく、アマンダの母ミルヴァさんではないかという複雑な感情を持っているからだ。
種族の掟により結ばれなかったふたりの気持ちをフローラさんはよく知っているから。
余計なお世話になるかもしれないが……
「フローラさん、俺、フレデリカを一生大事にしますよ……嫁、全員を本当に愛していますから」
フレデリカひとりではなく、嫁全員を愛するなんて、説得力のない言い方かもしれない。
でもこの気持ちは嘘偽り無い真実だし、俺はフローラさんの気持ちを慮って、そう言わずにはいられなかったのだ。
そんな俺の思いをフローラさんは分かってくれたらしい。
「ありがとう、トール。フレデリカは勿論、アマンダも宜しくね」
「え、ええっ!?」
アマンダも宜しく?
フローラさんの言葉を聞いてさすがにアマンダも驚いた。
何という!
何という思いやりの篭もった言葉だろう。
フローラさんは実子のフレデリカはともかく、恋敵の子供であるアマンダさえ俺に頼むと言ってくれたのだ。
多分、話すうちにアマンダの人柄を認めてくれたのだろう。
そして蟠りを捨ててくれたのだ。
アマンダも感激したらしい。
「フローラ様!」
「うふふ、アマンダ。トールにしっかりと尽くすのよ、良き妻として」
「は、はいっ!」
シュルヴェステル様も目を細めてフローラとアマンダのやりとりを見守っていた。
嬉しそうだ。
いい頃合かもしれない。
俺達は今回悪魔王アルフレードルから依頼を受けた。
シュルヴェステル様にも話しておいた方が良いだろう。
「シュルヴェステル様、ちょっと宜しいでしょうか? お話があります」
話を聞くと言って貰えたので、俺はざっくりと話をした。
悪魔王アルフレードルから魔界へ呼ばれた事。
農地開発の為にゴキブリ他を討伐した事。
その褒美に財宝を貰った事。
大悪魔ふたりが意外な趣味を持っていた事。
そして……財宝の中にジュリアの母の形見があった事を……
「ほう! アルフレードルがのう……」
シュルヴェステル様は面白そうに笑う。
「はい! 俺、今回の事も含めて頑張ってやろうと思っています」
「うむ、良いと思う。面白そうだし儂も応援しよう」
応援?
それは心強い。
テオちゃん以上にシュルヴェステル様は経験がある。
心強い味方になってくれるだろう。
「実は……」
俺はテオちゃんへした話もシュルヴェステル様へ告げた。
シュルヴェステル様は嬉しそうに頷く。
「トール、お前は我が婿として相応しい、とても優しい男じゃ。了解した、テオフラストゥス達同様、商品の真贋鑑定、値付け、メンテナンスなどの力添えをするとしよう」
「ありがとうございます!」
「礼を言うのはまだ早いぞ、ははははは」
礼を言うのは早い?
どういう意味だろう?
「アモン、バルバトス、テオフラストゥス、そしてエドヴァルドと、お前にはもう4人の客が居る。儂も客になってやろう」
「え? シュルヴェステル様も」
シュルヴェステル様もお客に!?
おお、それは大きい。
売上げだけではなく、人脈も広がりそうだ。
しかし先程から俺が呼ぶ度にシュルヴェステル様は居心地が悪そうである。
「おい、そういう他人行儀な呼び方はやめてくれ。アマンダやフレデリカと同じ呼び方で良い」
アマンダやフレデリカと同じ呼び方?
で、では!
「お、お祖父様」
「ううむ、何と言うか……鳥肌が立った。お前にそう呼ばれるとやはり気持ち悪いな! うむ、爺ちゃんで良い!」
ああ、叱られてしまった。
でも許可が出た。
気楽に呼べるのなら、それに越した事はない。
「爺ちゃん、申し訳ありません!」
「ははは、まあ良いだろう。仕事の内容から先に話そう」
俺に爺ちゃんと呼ばせるのに吃驚していたアマンダとフレデリカだが、顔を見合わせてから大きな声で言い放つ。
「お祖父様、ありがとう!」
「ソウェル様、感謝致します」
「「「「ありがとうございます!」」」」
「よしでは説明するぞ。お前達にはヴァレンタイン王国にある冒険者の街バートランドへ行って貰う」
「バートランド?」
「そう! ヴァレンタイン王国のかつての王都じゃ。2週間後、この街の商業ギルドでオークションが行われる。そのオークションに参加してある品物を落札して欲しいのじゃ」
おおっと!
顧客からのオークション参加依頼とは今迄にない仕事である。
そしてある品物とは何であろうか?
俺と嫁ズは身を乗り出して、シュルヴェステル様の話を聞く態勢に入ったのであった。
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