第11話「失われた指輪」

 ジュリアの父エドヴァルドが竜神族の国を出て放浪……長い旅の果てにヴァレンタイン王国南の辺境の農村タトラ近辺に辿り着いたのは16年前の事。

 ジュリアの母ミレーヌと叔母に当たる妹のジェマ姉妹と知り合ったのは彼女達が山賊に襲われたのを助けたのがきっかけだった。

 姉妹の危機を救ったエドヴァルドは一緒に仕事をするようになり、護衛役として活躍して商売も繁盛した。


 エドヴァルドは一緒に生活するうちに姉のミレーヌと深く愛し合うようになり、ふたりは結婚する。

 やがてエドヴァルドとミレーヌの間にはジュリアが生まれ、4人は家族として幸せに暮らしていた。

 しかし残酷な運命の日が4人の下へやって来てしまう。

 半年前、俺が倒した古代竜ヴェルザデーデが様々な種族の竜を率いて、総勢約100体の大群でタトラ村を襲ったのだ。

 竜神族を憎む古代竜を含めた他の竜達が、密かに竜神の国を出て旅をしているエドヴァルドの行方を探り当てたのである。

  

 エドヴァルド父は竜神族では最強の戦士であり奮戦したが、1対100以上では何と言っても相手が多過ぎた。

 エドヴァルド父の隙を突いた竜が愛娘ジュリアを殺そうとし、我が子を守ろうとした妻のミレーヌが無残にも身体を引き裂かれてしまったのだ。

 

 ……ミレーヌは即死であった。

 

 愛する妻を殺されたエドヴァルドは半狂乱になって竜達を撃退し、ジュリアとジェマを守ったのである。

 何とか家族と村を守ったエドヴァルドではあったが、瀕死の重傷を負ってしまった。

 その時、行方を追っていた竜神族達が漸く現れ、エドヴァルドに応急処置を施す。

 一命をとりとめたエドヴァルドではあったが、そのまま人間界で暮らす事は到底出来なかったので仕方なく愛娘ジュリアをジェマに託して帰国したのだ。

 そして残されたジュリアを、ミレーヌの妹ジェマがここまで育て上げた。

 

 ある程度割愛したが、以上が俺の聞いたエドヴァルド父のこの世界との係わりと、ジュリアの生い立ちである。


「私がミレーヌとジェマを山賊から助けたのが縁で3人で商売を始めたのはジェマから聞いたと思う」


 俺とジュリア、そして嫁ズが全員頷く。

 口を開いたのはジュリアである。


「ええ、女ふたりで不安な旅路もお父さんが居てくれたから、本当に助かったって」


「ああ、男手とかそういう意味ではな」


「そういう意味?」


「商売自体、最初は本当に大変だったんだ。今でもそうだがタトラ村は貧しく仕事なんて殆どない」


 エドヴァルド父の目が遠くなった。

 亡き妻へ思いを馳せるという目だ。


「分かる! だから頼まれたら何でもやったって……商人というより何でも屋さんだったんでしょう?」


 ジュリアは大きく頷いた。

 彼女も何でも引き受けるジャンク屋に近い形でコツコツ商売をして来たからだ。


 苦労して生きて来た愛娘の頑張りもジェマさんから聞いているのだろう。

 エドヴァルド父は優しく目を細める。


「ああ、確かに何でもやった。基本は村の農作物、生産物を近郊のジェトレ村へ売りに行く事だったが、お使い、伝言、そして掃除、洗濯、子供のお守り、商隊の護衛……ゴミ拾いもやった。犯罪以外は何でも引き受けたのさ」


「そう……だったの」


「ああ、でもずっと生活は苦しかった。商売しても苦労するわりには儲けが少ない。領主からの税金の取り立ても容赦ない……3人食べて行くだけで精一杯だった」


 エドヴァルド、ミレーヌ、ジェマ……3人は日々身を粉にして頑張って働いて来たのだ。


「でもお母さんやジェマ叔母さんはお父さんの事を頼りにしてたんでしょう?」


「ああ、力だけはそこそこあったからな。襲って来た山賊や魔物は大体撃退した」


「私もそう! お母さんと同じ……初めて会ったトールに、旦那様に助けて貰ったの、もう少しでゴブリンに食べられるところを」


 ジュリアが嬉しそうに俺を見た。

 そうだよな!

 俺とジュリアの出会いも、エドヴァルド父がジュリアのお母さんと出会った時と一緒だ。

 凄くシンパシーを感じる。


 エドヴァルド父も同じ思いらしい。

 俺とジュリアを交互に見て、嬉しそうに笑う。


「おお、そうか!」


「それで……この指輪は?」


 ジュリアが目の前の指輪を見詰める。

 母の形見の指輪……なのだから。


「うむ! この緑色の碧玉だが……ミレーヌが、お前のお母さんが彼女のお母さんから引き継いだんだ、私がタトラ村に来た当時は既に亡くなられていたがね」


「お母さんのお母さん……私のお祖母さん!」


 ジュリアは感無量という感じで叫ぶ。

 エドヴァルド父は愛娘の顔を見て頷く。


「そうだよ、ジュリア。ミレーヌが緑、ジェマが赤……それぞれ碧玉を引き継いだ。遺言と一緒にね」


「遺言?」


「ああ、ミレーヌもジェマも結婚相手と巡り会ったら、この宝石いしで結婚指輪を作って貰えとな」


 そうか!

 ジュリアのお祖母さんは娘ふたりへ思いを託していたんだな。

 幸せになって欲しいと言う思いを……


「じゃあ、これはお父さんからお母さんへ贈った結婚指輪?」


「そうだ! 話を聞いた私は感動した。それにたまたま国を出る時にミスリル製の守護の指輪を持ち出していたから……結婚指輪にはバッチリだった」


「バッチリ?」


「おお、なけなしの金でジェトレ村の細工職人へ頼んで仕立てて貰った……今でも覚えている、ミレーヌの白くて細い指に美しい緑の宝石が光るこの指輪は良く似合っていた」


「お母さんの白くて細い指……私は色黒だからお母さんには似ていない……お父さんに似たんだよ」


 ジュリアが口を尖らせる。

 頬を膨らませる。


「ご、御免な」


「ううん! 良いの! 私、お父さんに似ていて嬉しいの」


 ああ、ジュリアの奴。

 お父さんを少し苛めてみたかっただけなんだ。

 ジュリアのこの台詞……俺も娘を持ったらぜひ言われてみたい。


 案の定、エドヴァルド父は破顔する。


「あ、ありがとう! ジュリア!」


「でもどうして結婚指輪が無くなったの?」


 ジュリアは可愛らしく首を傾げる。

 俺がイチコロでやられたポーズだ。


「ああ、指輪を作ってからミレーヌはいつも左手の薬指に指輪をつけていた。いつも眺めては嬉しそうに楽しそうにしていたんだ」


「それが……どうして?」


 ジュリアは不思議そうに聞く。

 確かにそうだ。

 そこまで大切にしていたのに何故?


 他の嫁ズも同じ気持ちらしい。

 エドヴァルド父から話の続きを聞こうと身を乗り出している。


「まあ聞いてくれ。そのうち商売が停滞しだした。数ヶ月殆ど仕事がなかった時があった」


「数ヶ月……仕事なし」


「ああ、大きな仕事は全く無し。小さな仕事はあっても儲からず利益が出ない。当然暮らしが立ち行かなくなった」


「生活……苦しいよね」


「うむ……それである日ジェマが言い出した。自分の持っている碧玉を売ろうって」


「ジェマ叔母さんが!? 自分の宝石を!?」


 ジュリアが目を丸くした。

 夢にまで見た結婚指輪を作る宝石……ジェマさんは自分の母の形見を売ると言い出したからだ。


「ああ、姉はもう自分の宝石を結婚指輪にして貰い、大事にしているからと。だからまだ未婚の自分の宝石を売ろうって言い張ったんだ」


「お、叔母さん!」


 ジュリアは思わず涙ぐんだ。

 俺も目の奥が熱くなる。


「でも猛然と反対したのがミレーヌだった」


「お母さんが!?」


 ジュリアのお母さんが反対!?

 それってまさか! 


「ああ、ミレーヌは言った……自分は素敵な人と結婚して素晴らしい指輪も作って貰った。もう充分だって」


「おお、お母さんあああん!!!」


 ジュリアはもう我慢の限界だったらしい。

 流れる大粒の涙を拭いもせず、大きな声で叫んだのだ。


 嫁ズも全員……目を赤くしている。

 エドヴァルド父は話を続けた。

 ミレーヌさんが何と言ったかを。


「……指輪がなくなっても思い出は心にある。私の結婚指輪は心の中にあるって」


「うわあああん!」


 ジュリアは言葉を出す事が出来ない。

 ただただ泣いていた……


 嫁ズも……泣いている。


 女達の泣き声が響く中、エドヴァルド父は話を続けて行く。


「……ミレーヌの指輪を売って、私達は食いつなぐ事が出来た。商売も徐々にうまく行って何とか生活出来る様になったんだ」


「…………」


「改めて私達は指輪の行方を探した。探しまくったが……とうとう見つからなかった……そしてジュリアが生まれてからは指輪の事も遠い記憶の彼方へ去った」


「…………」


「しかしあの運命の日が来て指輪の記憶が甦った……あの指輪は守護の指輪でもあったから……自分の宝石を売らずに結婚指輪を売ったせいで姉は殺されたとジェマはずっと自分を責めていたよ」


 俺はエドヴァルド父の話を聞いて胸が詰まった。 

 いつも飄々としたジェマさんの心の中にそのような葛藤があったとは……


「私とミレーヌの結婚指輪が巡り巡って……まさか魔界に渡り悪魔のコレクションになっていたとは……そして今、不思議ともいえる運命の導きで私達の下へ帰って来たんだ」


 エドヴァルド父の言う通りだ。

 運命とは何と不思議なんだろう。


 ジュリアが思わず叫ぶ。

 万感の思いを込めて!


「お母さん!」


「そうだ、ジュリア! ミレーヌが! お母さんが長い時を経て今帰って来たんだ! 私達の下へ!」


「うわあああああああああん!!!」


 ジュリアはもう我慢しなかった。

 エドヴァルド父に思い切り抱きついて、ひと目も憚らず号泣していたのであった。

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