第10話「父と娘」

 ゲネシスに新築された俺の屋敷地下の倉庫。

 ここへ、魔界から運んで来たベリアルとエリゴスの財宝は収めてある。

 悪魔王から賜った奴等の財宝の中に特別な宝石や貴金属があると聞いたエドヴァルド父。

 案の定、目の色を変えて俺へ案内を頼んで来たのだ。


 新しい屋敷の地下はまだまだ木と土の香りに満ちている。

 俺は整理整頓が苦手だが、嫁ズの中ではジュリア、アマンダ、ハンナが大得意なので持ち込んだ財宝は綺麗に整理されていた。


 エドヴァルド父は魔道具や骨董品、そして武器防具を興味深く眺めながらも、やはり宝石と貴金属が気になるらしい。

 竜という生まれのさがなのであろう。


 様々な財宝を物色して行きながら、エドヴァルド父は問う。


「素晴らしい財宝揃いだが、ジュリア……ええと……宝石と貴金属はどちらかな?」


「ええ、こっちだよ、お父さん……逸品揃いだから、気に入ると思う」


「おおっ、楽しみだ」


 久々に会った娘が失言で激怒した事にびくびくしていたエドヴァルド父。

 しかしジュリアが優しく言葉を返してくれた事でホッとしている。


 機嫌を直したジュリアの案内でエドヴァルドは浮き浮きしながら着いて行く。

 実に微笑ましいが、エドヴァルド父の様子はまるで好きなおもちゃを見に行く子供のようである。

 父同様宝石と貴金属が大好きではあるが、娘のジュリアの方がまだ冷静だ。


「ふふふふふ、気に入ったのがあると嬉しいな。あったらばん!と全部買ってやるか」


 エドヴァルド父の呟きを聞いて、秘書のアイリーンさんが僅かに顔をしかめる。


「陛下……お願いですからホドホドにして下さいませ」


「お、おう……分かっている」


 成る程!

 エドヴァルド父の収集癖に対するブレーキ役はアイリーンさんなんだ。

 何となくだが、ふたりの間には微妙な雰囲気がある。

 こんな時ジュリアは鋭い。


「アイリーンさん」


「はい! ジュリア様」


「さっきの言葉でよ~く分かりました。子供みたいで不束ふつつかな父ですが、何卒宜しくお願いします」


「え? わわわ、私は何も」


「うふふ……お願いしますね、アイリーンさん」


 いきなり振られて冷静なアイリーンさんが慌てている。

 やっぱりか……

 俺にも分かった。

 アイリーンさんから感じた波動で。

 それはエドヴァルド父に対するほのかな思いだ。

 しかしアイリーンさんは控えめで思慮深い女性だ。


 身分の違いはともかくエドヴァルド父の亡き妻に対する思いもしっかりと認識している。

 エドヴァルド父の一途な愛を女性として理解しているのだ。


 その上で好きになっている。

 惚れている。

 それ故見守る愛に徹しているのだ。


 しかし女性の気持ちに鈍感なエドヴァルドはアイリーンさんの気持ちなど全然分かっていない。


「何だよ、お願いしますって、ジュリア……あと、子供みたいで不束な父って俺の面目丸つぶれだぞ」


 口を尖らせて抗議するエドヴァルド父の姿はやはり……子供そのものだ。


「……折角あたしの機嫌が直ったのにまた怒らせる気? お父さん」


「い、いえ! 何でもありません」


 そんなこんなでやっと宝石と貴金属が置いてある場所に着いた。

 いくつかのテーブルの上にケース入りのものが置かれ、ケース無しのものは絹製の柔らかな敷布の上に綺麗に並べられている。

 ジュリアの指示でアマンダとハンナが陳列したものだ。

 並べたバランスを見ても中々センスがあると思う。


 ちなみに俺達がアモンとバルバトスへ詩集と弓を売った代金も宝石で支払って貰ったので 価値がありそうな宝石はここへ分けておいた。

 魔界ではありふれた宝石も地上でその価値が一変するからだ。


「おおう、凄いな……」


 エドヴァルド父は感嘆する。

 彼の目の前に綺羅星の如く、様々な宝石が並んでいるのだ。

 宝石好きな竜の血が燃えるどころか、マグマのように吹き上がっているに違いない。


「サファイア、ペリドット、トパーズ、ダイヤモンド、オパール、アゲート、エメラルド、ルビー、ガーネット、アクアマリン、オブシディアン……クリソプレーズもある。結構なコレクションだ」


「お父さん、あたしも感動した。ウチの在庫って結構凄いでしょう?」


「ああ、ジュリアの言う通りだよ。私の目の保養になる、魂が癒される……アイリーン、全部購入したいが国家予算扱いで処理出来ないかな?」


「陛下!」


 ぴしりと役職名で呼ぶアイリーンさん。

 購入不可! という否定の意思がしっかりと告げられている。

 ああ、まるでしっかり者の奥さんだ。


「じょ、冗談だよ! って、あ、ああああっ!?」


 アイリーンさんと掛け合いをやっていたエドヴァルド父がいきなり大声をあげた。

 

 えっと?

 どうしたんだろう?

 

 エドヴァルド父の視線の先にはひとつの指輪があった。

 俺は宝石に関して一般知識のみでそれほど詳しくないが、見ると何か守護の魔法がかかったらしい指輪でいわゆる魔道具である。


「これ? ミスリル製の守護の指輪で石は碧玉だけど」 


 ジュリアの言葉を聞いて、俺も記憶が甦る。


 ミスリルは伝説の金属でこの異世界にはごくたまにみかける金属だ。

 色は白銀の趣きを持ち、強さはオリハルコンに次いで強く非常に貴重なものとされている。

 この金属の利点はまず軽い事、そして一番魔力の伝導率が良い事だという。

 つまり魔道具製作には最も適した金属なのだ。


 そしてミスリルのリングに載せられた宝石は碧玉。

 ジャスパーと呼ばれるこの宝石の意味は勇気、そして聡明である。

 石英に属する石で基本的には不透明。

 色は最も赤が多い。


 しかしエドヴァルド父の驚き方は尋常ではない。

 俺の力で魂を覗けば分かるのだが、そのように無粋な事はしたくなかった。

 ここはじっと見守ろう。


「おおおお、こここ、これはっ!?」


 父の驚き方にジュリアも吃驚したらしい。

 心配そうに問い質す。


「お父さん、ど、どうしたの? 碧玉は赤が多いけどこれは緑色だから吃驚したの?」


 しかしエドヴァルド父は激しく首を振る。


「ち、違う! これはわ、私が!」


「え? お父さんが? どうしたの?」


 ジュリアが驚くのも無理はなかった。

 エドヴァルド父の目は真っ赤になり、涙が溢れていたのだから。

 

「うううう、わ、私が作って、ミレーヌへ! ジュリア、お前の母へ贈った指輪なんだよ!」


 衝撃の事実!

 何故ベリアルの財宝にジュリアの母である今は亡きミレーヌさんの遺品が入っているのだろう?


「こ、この指輪がお母さんのっ!? で、でも! どどど、どうしてここに?」


 母の形見と聞いてジュリアも驚いている。

 混乱している。


「そ、それは私も分からない! ジュリア、私の話を聞いてくれるか?」


「う、うんっ! ぜひ聞かせて!」


 エドヴァルドとジュリアはこれから思い出話をするらしい。

 こんな時、俺はすぐ気を回してしまう。


「親父さん、俺達は外した方が良いかな?」


「い、いや! トール、そして皆さん! 私達は家族だ。だからぜひ聞いて欲しい」


 エドヴァルドの言葉には、かつてジュリアを無理矢理竜神族の国へ連れ戻そうとした時の記憶があるようだ。

 その時、俺は勿論、悪魔王女のイザベラが中心となりジュリアを家族として父の横暴から守った経緯がある。

 エドヴァルドはその時実感したのだろう。

 家族という意味を。


「実は俺も知りたいです。ぜひ教えて下さい」


 嫁ズも同じ気持ちらしい。

 全員が身を乗り出して、この精悍な竜神王がこれからしようとする話へ耳をすませたのであった。

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