第9話「竜神王がやって来た」

 テオちゃんと会った翌日の事……


 早い朝食を摂った後、俺達は新たな商売を行う店のオープンへ向けて創造の街ゲネシスの屋敷でいろいろと打合せをしていた。

 司会進行は商売に関してナンバーワンの経験と知識を持つ竜神王の娘ジュリア。

 フォローするのは宿屋白鳥亭の女将を務めていたアールヴ(エルフ)嫁のアマンダである。


 まずはお店をいつどこで開こうという話になった。

 店の場所はこの創造の街ゲネシスなんだけどさ。

 出来るだけ立地の良い場所に越した事はないけど。

 いつ商売を始めるか分からない人間が確保する店舗などない。

 

 ゲネシスには今でも毎日新規の商人が押し寄せているのだから。

 空き店舗はあっと言う間に埋まってしまう。

 だからゲネシスは今でも建設ラッシュ。

 中央広場からドーナツが大きくなるように街の規模は拡大している。


 俺達が各自、考え込もうとした瞬間であった。

 いきなりフレデリカが手を挙げたのだ。

 

みんな、地上の店舗は私に任せて!」


 俺を含めた嫁ズの視線が集中する。

 全員が驚愕の視線だ。


 私に任せてって?

 フレデリカは店について何か心当たりがあるのであろうか?

 今迄生きて来た彼女の人生において、商売なんか全く縁がなかったアールヴの上級貴族令嬢で、筋金入りのお嬢様なのに。


 吃驚して唾を飲み込んだ俺は噛みながら聞く。

 最近は滅多な事では驚かない俺の声が裏返っている。


「ま、任せてって? フレデリカ?」


「うふふん、バッチリよ! こうなると思って店舗を手配済なの。お兄ちゃわん、今日見に行きましょう」


 店舗を手配済み?

 今日見に行く?

 うわ!


「お、おう! お前、すげぇ気合入っているなぁ」


「もちのろんで~す」


 何故か商売に対して異常に燃えるフレデリカ。

 理由がありそうだが、まあ良い。


 どちらにしろ俺達が商売を始めるにあたって、この街でベストな店舗を手配しなければならない。

 フレデリカの手配した店舗はどのような建物なのか、午後にでも見に行こう。


 そこからは全員で話が弾んだ。

 店に商品を並べて売るという事は勿論だが、仕入れや経費などいろいろである。

 そして商品が商品だけに夢があると思う。

 俺達が売る商品は本当に愛してくれる購入者の手に渡るのだ。

 出来れば金に目がくらんでの利殖目的の客へは売りたくない。


 基本は仕入れ担当の買い付け班と、店で商品を売る販売班に分かれる。

 そして販売班は顧客情報は勿論、商品情報や買い付け先の情報も管理し、買い付け班へ連絡する係も担う。


 その時であった。

 何かを感じる。

 俺の索敵に誰かが引っかかった。


「旦那様、これって!?」


 索敵能力に優れたジュリアも俺に問う。

 そう、親しみのあるこの気配は?


「お父様!」


 ジュリアが叫んだ通り、竜神王エドヴァルド――ジュリアのお父さんで俺の義理父である。

 もうひとりの気配は同じく竜神族だ。

 多分エドヴァルドの部下か誰かであろう。


 この街にさっき入ったという事はまもなく訪ねて来るに違いない。

 俺達は急いで歓迎の支度をする。


 そして……


 りんごん! りんごん! りんごん!

 ばうばうばう!


 屋敷の門柱に設置した魔導ベルが鳴った。

 レトロな響きで俺は気に入っている。


 ベルと同時に番犬のケルベロスも吠えていた。

 再度、確認と……

 気配からすると、やっぱりエドヴァルド父と部下の竜神族女性であった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 俺達は屋敷の大広間にエドヴァルド達を招き入れた。

 アマンダ、フレデリカ、ハンナがアールヴのハーブティを用意する。

 気持ちがリラックスする良い香りが漂う。


 エドヴァルド父は元気そうであった。

 現在の彼はかつての妻ミレーヌ――亡くなったジュリアの母親の名をつけた商会の会頭として働いている。


 商売は絶好調のようだ。

 商会らしく多岐に渡る商品を手掛けており、竜神族の国内は物資が以前とは比べ物にならないくらい豊富になったという。

 食糧事情も魔界同様にテオちゃん達のフォローで改善したからいう事がない。


 だがエドヴァルドの本業は国王だ。

 商会会頭の業務だけでなく国政も兼務だから、その忙しさは半端なかった。

 一緒に居る竜神族女性は秘書になったアイリーンさん。

 以前、古代竜と戦った時にも一緒に居たっけ。

 改めて紹介された。


 さらさらのロングな栗毛で鼻筋がすうっと通った美人顔。

 長身で足が長く、痩身だが胸がど~ん。

 スタイルの良さはアマンダ並みである。


 国政と商会の仕事両方をナイスにフォローしているらしい。

 とても有能な女性だ。


 ひととおり挨拶が終わった。

 久々に愛娘に会えたせいか、エドヴァルド父は機嫌が良い。


「トール、ジュリア、それに皆、予定も聞かずいきなり訪ねて来て悪かったな?」


「いえいえ……お久し振りです」

「お父さん、元気? 身体は大丈夫?」


「おお、元気だ」


 父が多忙な為に、健康を心配する娘の問い掛けを満面の笑みで応えるエドヴァルド。

 元気と言われたが、ジュリアはまだ心配そうだ。


「忙しそうね」


「ああ、相変わらずだよ……ところでお前は本当にミレーヌに似て来たな」


 いきなりの父の振りに、ジュリアはきょとんと首を傾げる。


「お母さんに?」


「うん、大きな胸以外はそっくりだ……何だ? ジュリアは夜、トールに揉んで貰っていないのか?」


 ああ、なんて事を!

 ジュリアが一番気にしているのは……胸の大きさなのに。


 どっこん!


「あうっ!」


 容赦ない音が響き、エドヴァルドは悲鳴をあげ、身体を海老のように曲げた。

 ジュリアがグーで父のお腹を殴ったのだ。


 親に手をあげるなど普通ならとんでもないが……そりゃ、殴られるだろう。

 普通、こんな事を言う父親は居ない。


「ふうん……くだらない冗談をいうくらいだから平気みたいね? か・ら・だ」


「お、おお……だ、大丈夫……だ」


 傍でアイリーンさんが口に手を当てている。

 どうやら笑うのを堪えているようだ。

 嫁ズ達はジュリアに味方して全員がジト目攻撃。


 ああ、最強といわれる竜神王なのにかっこわる!


 でもここは男の俺がフォローだ。

 義理父の為に場の話題を変えてやろう。


「ところで俺達、遂に新しい商売を始めるんですよ」


「お、おお……とうとうか」


 エドヴァルド父は顔をしかめている。

 まだ殴られた場所が痛いようだ。


「実は先日魔界へ行って来まして」


「おお、魔界か? アルフレードル陛下は元気だったか?」


 ああ、やっぱりテオちゃんと同じ事を聞くんだな。


「ああ、元気でしたよ……実は」


 俺はテオちゃんに話した事を、エドヴァルド父にも伝えた。

 趣味というもので商売をする話にエドヴァルドはとても興味を持ったようだ。


「成る程! 面白そうだ」


 ここで俺は思い出した。

 竜神族は宝石と貴金属に目がない事を。

 ベリアルの財宝の中には多くの宝石があった。

 この義理父も良いお客さんになってくれるかもしれないと考えたのである。


 それに仕事が楽しいといっても息抜きは必要だろう。

 テオちゃんと一緒だ。


 財宝は魔界の王宮から、既にこの屋敷の倉庫へ移してある。

 俺はエドヴァルド父を倉庫へ案内しようと決めたのであった。

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