第8話「永遠の生き甲斐」

 俺はテオちゃんが理解したと感じて、同意を求める。


「だろう? 怖い悪魔ふたりが趣味の話で盛り上がってさ……特にアモンなんか詩が大好きで自作もするらしい」


 俺の話を聞いてテオちゃんはやはり驚いた。

 俺と共通認識である。

 アモンと詩……全くイメージが合わないのだ。


「ほう! あの戦鬼殿が詩をか! 私も目の当たりにしたが魔界での戦いはまさに悪鬼であった」


 テオちゃんによれば魔界での農地開発の際にアモンが護衛役として同行したらしい。

 俺達の時と同様に蛇、蠍、蟻、ゴキブリが出たのをアモンが殲滅したようである。


「そうでしょう、俺も全く同感さ。だけど夢を創る詩人が無慈悲で凶悪な戦鬼なんて呼ばれるのは信じられないよね」


 俺が再び同意を求めると、テオちゃんは完全に理解したらしく嬉しそうに笑う。


「ははははは! ここまで話を聞けば私にもよ~く分かった。さすがアルフレードル様だ、悪魔や人が持つ戦いと物欲という本能を趣味に置き換えて世を平和にしろと仰ったのでしょう?」


「さすが! 当たりだ」


「ははははは! それで私達ガルドルド帝国……いやガルド商会にも協力して欲しいと」


「ご名答! 現段階で俺と嫁ズもなかなかの鑑定眼と知識はあると思うが、まだまだ経験不足だ。だけどテオちゃんは違う! 数千年も引き篭もった筋金入りのオタク&中二病で最強キャラだもの」


 俺の言葉にぴくりと反応するテオちゃん。

 軽く俺を睨んでいる。


「引き篭もり、オタク、中二病とは? ……トール殿の言う意味がよく分からないが……私の事を絶対に褒めていないのだとは感じるぞ」

 

「いや~……一応褒めてますって。で、商品の真贋鑑定、値付け、メンテナンスをお願いしたい」


「成る程!」


 ここで俺は念を押す。

 結構重要なポイントだ。


「後、重要なのがウンチク! マニアは絶対にウンチクを語りたがるから。こちらも知っていないと! 俺達も勉強するけどいろいろと教えて欲しいんだ」


「ははは、いい心がけです。しかし我々ガルドルド魔法工学師も万能ではない。全てに精通しているとは言い難いですぞ」


「だよね! 俺達はこれから世界で商売をしながらテオちゃんみたいなスペシャリストを探すつもりさ。もしかしたらその知識が世界の役に立つかもしれないし」


「そうか! 世界の危機を救ったトール殿達がまたも世界が活性化する為に頑張ると言うのだな……喜んで協力しよう」


 嫁ズは俺とテオちゃんの会話をじっと聞いていた。

 このようなところはさすがだと思う。

 夫をしっかりと立ててくれる良く出来た嫁達だ。


 テオちゃんが了解してくれたので、具体的な話をしようと考えたらしい。

 まず口を開いたのがジュリアだ。


「宰相様……宜しいでしょうか? 宰相様を含めて魔法工学師の方々がどのようなジャンルにお詳しいのか、後程資料を頂けますか?」


「おお、ジュリア殿。当然の要望ですな、了解した」


 ここから嫁ズから質問が出て、テオちゃんが答えるというやりとりが続いた。

 暫く経って、質問は出尽くしたらしい。

 

 頃合と見た俺が拝むようなポーズで両手を合わせた。

 誰が見ても頼み事のポーズだと分かる。


「ありがとう! じゃあお願いついでにもうひとつ!」


「もう……ひとつ?」


「ああ、テオちゃん達にも俺達のお客になって欲しいんだ」


「私達がお客に? ですか?」


「うん! 貴方達が面白がって興味を持つ物がこの世界にはきっとある。俺達が絶対に探して仕入れてくるよ」


 俺の頼み事は意外だったらしい。

 自動人形オートマタなので表情は極端に変わらないが、眉がほんのちょっと上がっている。

 声も少しうわずっていた。


 これから言うのは大事な事だ。

 俺は、はっきりと言い放つ。


「ああ、テオちゃん達はこの世界になくてはならない存在だけど……今は仕事しかやっていない」


「ははは、確かに仕事だけですな。 今や私達は不死とも言える自動人形の身体……食べる楽しみもなく、着飾る事にも興味なく、住む所にも執着しない、ただ生き働くだけの人生だけです……まあ特に不満もありませんが」


 テオちゃんは淡々と言う。

 まるで当たり前のように。

 しかしそれじゃあ駄目なんだ。


「でも! それじゃあ人じゃなくて単なる道具と一緒じゃないか……貴方達は道具じゃない、人間だ。俺、この前アモンとバルバトスが詩と武器の話で盛り上がっていたのを見て思ったんだ」


「ふうむ……」


「テオちゃんは違うかもしれないけど……もし貴方が詩が好きだったらアモンと盛り上がる。弓が好きだったらバルバトスと盛り上がる。性格の相性もあるし、詩や弓といっても千差万別だから絶対にとは言えないけどさ」


「…………」


 俺がガンガン言うのをテオちゃんは黙って聞いている。

 そして考え込んでいた。


 俺は構わず話を続ける。


「普通なら人間と悪魔が詩の素晴らしさを語り合うなんてありえない。弓の美しさを語るなんてありえない。だけど平和な世の中だから……相手が悪魔とでも、アールヴとでも、ドヴェルグとでも、他の種族とも同じ趣味を通じて打ち解けられる気がするんだ」


「……トール殿……」


 ここでテオちゃんが俺の名を呼んだ。

 少し声が掠れていた。

 俺の魂へ嬉しさの波動が伝わって来る。


「ん?」

 

「ありがとう! 私や部下達の、これからの果てしない人生の心配をしてくれているのだな……働くだけではなく楽しみを持って生きて欲しいと」


「……ああ……若造の、余計なお世話かもしれないけど」


「いや! 貴方は世界から隔絶されたこの迷宮へ光を与えてくれた。そして私達の永遠ともいえる生き甲斐さえ探してくれようとする。嬉しいぞ! 私は感謝する!」


 テオちゃんは真っ直ぐ俺を見詰めていた。

 

 傍らで聞いていたソフィアも俺の気持ちを理解してくれたようだ。

 かつての部下へ大きな声で呼び掛ける。


「テオフラストゥス! そなたには大いに感謝をしておる! そなたと部下達が居なければ、わらわの真の身体はとうに遠い過去の中に朽ち果てておった……お前には悪いが確かに自動人形のままなら永遠の命であっただろう。しかし今や限りある命ながら凄く生き甲斐を感じておる、妾は本当に幸せなのじゃ」


 ソフィアは涙ぐんでいる。

 感極まって声が震えている。

 

「ソフィア様! 勿体無いお言葉で!」


 心からの感謝の言葉にテオちゃんも感動したようだ。

 しかしソフィアは首を振る。

 まだまだ言い足りないのだ。


「勿体無い事など無い! 妾だけではなくそなた達にも幸せになって欲しい! 魂が休まる癒される楽しみも見つけて欲しいのじゃ」


「は、ははっ!」


「テオフラストゥス! そなたの仕事は確かにやり甲斐があろう! 全世界の為に働いておるのじゃから! ガルドルドの名が、技術が世界を幸せにしておるのだ。何という晴れがましい功績だと思う。だがな、単に働くだけではなく、妾はそなた達に生きる歓び、生き甲斐を感じて欲しいのじゃ」


「ソ、ソフィア様」


 テオちゃんはソフィアの激しい物言いに驚いていた。

 

 どうやらソフィアは言いたい事を全て述べたようだ。

 大きな溜息を吐く。


「ふう……妾も旦那様と同じじゃ……このような年端も行かない小娘が生意気な事を申してしまった、許せよ」


「何を仰います! 私も部下達も絶対に幸せになりますよ、お約束致します!」


 きっぱりと約束するテオちゃんの胸を熱くするもの。

 それは俺達との間に築かれた確かな絆と、これからの未来に対する希望であったのだ。

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