第7話「宰相問答」
ゲネシスの上層は冒険者達が日夜命を懸ける戦場であるが、それとり更に奥深い地下迷宮9階は全くの別世界であった。
この階には古のガルドルド帝国の栄華を髣髴とさせる復元された王宮や官庁、そして執政者の住宅がある。
一番目立つガルドルド王宮は独特な様式の豪奢な建物だが、現在居住する王族は誰も居らず普段は無人。
俺の義理兄である転生した元皇帝のモーリスさんことアレクサンドルはジュリアの叔母であるジェマさんと結婚してホテル業に忙しいし、王女であったソフィアも俺と結婚して別の生活を始めているからだ。
モーリスさん夫婦は地下へは滅多に降りてこないので、王宮は主に地下で何か用事が発生した場合の俺達家族用の別宅となっていた。
豪奢な王宮の主としての暮らし……俺とジュリアはおのぼりさんでつい浮き浮きしてしまうが、他の嫁ズはいつも通りで変わらなかった。
イザベラとソフィアは元々王族で王宮暮らしに慣れているし、フレデリカもアールヴの王族のようなもの。
アマンダとハンナは元々贅沢にあまり興味がないのである。
ところで、ガルドルド帝国の現在の指導者は元宰相テオフラストゥス・ビスマルクと彼の部下である魔法工学師達だ。
モーリスさんとソフィアが了解し、ガルドルド王家はあくまで国民代表という事になっている。
冥界大戦に敗れてからテオフラストゥスが中心となり、かつての国民を纏めて来た功績を認めて身を引いたのだ。
ちなみにテオフラストゥスは真面目一方の老人であるが、俺は出会って問題解決をした経緯から彼をテオちゃんと呼んでおり、彼自身からもそう呼ぶのを許されていた。
悪魔王国から戻った日の晩の事……
俺達は地上の屋敷から転移門で地下王宮へ跳ぶ。
王宮で暫し待っていると、約束の時間通りテオちゃんがやって来た。
ガルドルドの魔導技術の進歩はもの凄い。
テオちゃんは初めて会った時の風貌や身体ではなく、更に人間に近く頑丈な
ガルドルドの
テオちゃん達の技術が世界平和に多大な貢献をしているという名目でだ。
しかしそのような裏事情は、テオちゃんへ敢えて伝えてはいない。
俺に対して恐縮されてしまうとやりにくいからである。
俺より少し前にテオちゃんと部下達も魔界に赴いていた。
荒涼たる魔界の食糧生産及び増産をする為にガルドルドの魔導技術の供与を行い、日夜研究を続け、遂に実用化。
結果、素晴らしい大成功を収めたのだ。
創世神の縛りにより地上に出れない悪魔達は魔界で不自由な暮らしを強いられていたが、食糧事情が改善されたので厭世的な雰囲気がなくなり、国民は前向きになりつつあった。
全ての仕事が順調なせいかテオちゃんの表情は朗らかである。
かつての主君であるから、まずソフィアに挨拶するのはお約束だ。
「ソフィア様にはご機嫌麗しく! 皆様もお元気そうで!」
「いやいや、テオフラストゥスこそ日々休む間も無く働き、ご苦労じゃ」
「過分なお言葉を頂き、何と勿体無い」
堅苦しい挨拶が終わると、双方は途端にリラックスした。
しかしさすがにソフィアに対してテオちゃんがフレンドリーには話せない。
気楽に話せるのは平民の俺なのだ。
「トール殿も魔界へ行かれたそうだな?」
「ああ、行った! いきなり規格外な蛇と蠍、蟻、そしてゴキブリ退治をさせられた」
農地改革の現地調査をしたであろうから、当然俺達が倒した敵がどのようなものか知っているだろう。
テオちゃんは思わず爆笑する。
「ははははは! 婿にゴキブリ退治とはアルフレードル陛下らしい」
珍しくテオちゃんが大声で笑ったので、真面目なソフィアはカチンと来たらしい。
「笑い事ではないわ、テオフラストゥス! お前だって魔界ではあのおぞましい姿に身震いしたであろうに」
「ははは! これは失礼致しました、ソフィア様! 確かに仰る通りです」
ソフィアだけでなく、嫁ズは全員嫌そうな顔をしている。
百戦錬磨な女傑揃いの嫁ズもゴキブリは大の苦手らしい。
場の雰囲気は悪くなったが、ここはさすがに年の功。
テオちゃんはうろたえなどせずに、しれっと話題を変えたのだ。
「トール殿、アルフレードル陛下のご機嫌はいかかであったかな?」
「ああ、すこぶるよかった。テオちゃんにも感謝していたよ」
「ははは、それはそれは恐れ多い」
テオちゃん達の持つガルドルドの魔導技術は今や世界の至る所で役に立っていた。
技術供与は結構な金額がかかる有料システムだし、全ての技術を公開出来るわけではないが、全世界の首脳は表向きガルド商会のガルドルドチームに対して大いに感謝していたのである。
そろそろ頃合だと感じたのであろう。
テオちゃんが本題は何かと打診する。
「ところでトール殿。今日いらっしゃったのはどのようなご用向きかな?」
「実はそのアルフレードル陛下から宿題を出されてさ」
「宿題?」
曖昧な言い方にテオちゃんは首を傾げた。
悪魔王に対して俺とテオちゃんでは立場が違う。
俺は身内の婿、テオちゃんは外部の技術者だ。
だから俺は更に説明する。
「お前はあらゆる者が持つ執着の手助けをすればよいって言われたのさ」
「お前はあらゆる者が持つ執着の手助けをすればよい……か、ふ~む」
俺の言葉を繰り返しながら、テオちゃんは考え込む。
まだまだ説明が足りないようだ。
ここはちゃんと詫びないと。
「申し訳ない、前後の会話の脈絡無しでいきなり言われても分からないと思うけど……その後いろいろあって謎は半分以上は解けた」
アルフレードルは無駄な事は言わないタイプだ。
謎めいた言葉の中に何か重要な意味があるに違いない。
テオちゃんもそう考えている筈だ。
その証拠に興味津々な様子で聞いて来る。
「ほう! それはぜひぜひ聞きたいものですな」
俺は少し遡って、アルフレードルとどのような会話をしたか、そして俺達が新たな仕事を始める事も一緒に、テオちゃんへ告げたのだ。
「混沌とした時代が終わって、テオちゃんの手助けも加わり世の中が平和になって来た。そうなるとこれから多くの人々が夢を見るようになるってさ」
「確かに! 世の中は変わりつつありますな」
「そうなんだ。悪魔王曰く夢とは執着や執念であると……これからその執着を手助けするのが俺達の新しい仕事であり、商売なんだって分かったよ」
「ふむ……」
「その後の出来事で確信したんだけど……巨大ゴキブリ退治の褒美にマニアックな財宝を頂いたんだ。財宝を確認中に何とその中にあったレアものの弓と詩集に悪魔ふたりが執着したんだ」
「ほう! 早速陛下の仰った執着が出ましたか! 私にも何となく分かって来ましたぞ」
さすがに切れ者の宰相である。
俺の言葉からテオフラストゥスは俺達の仕事の意義を読み取ったようであった。
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