「好きな人がいるの」

目を真っ赤にさせて、顔を赤くしながら、桃は言った。

「どういうこと?」

冷静に、僕は、聞いた。

「元彼のことが忘れられないの」

「前に言っていたDV男か?」

「そう」

「どうして」

「私、こういう恋愛を求めていたの、ずっと。刺激は少ないけど、落ち着いて、お互いを思いやれる恋愛。でもね、誕生日を祝われて、すごく嬉しいのに、でも、何かが違うの。違うの。どうして」

興奮しているのか、声をあげていう桃に、僕は驚いた。

「落ち着いて」

「結婚できないの。だって、私、結婚していたのよ。あなた以外の人を愛していたのよ。ずっと、どうしようもない奴を愛していたのよ。暴力がなかったら、きっと、今でも愛していた。でも、あなたと出会って、私、久しぶりに、恋愛時代を思い出して、そうしたら、あなたのことを見えなくなっていったの。ちゃんと、ちゃんと好きになりたいのに、なのに、どこかで、元彼を重ねている自分がいて、メイクも、服装も、すべて変えたら、って試してみても、やっぱり、あなただけを見られなかったの……。お互いに三十一歳で、結婚を考える年齢になって、あなたをこれ以上、束縛しちゃいけないって思ったの。私、一人になりたくなかったの。だけど、これだけは信じてほしい。初めから、利用するつもりはなかった」

「もういい。もういいから、泣くな」

桃にタオルを手渡して、洗面所を後にした。

なにかがある、と思っていた矢先に、本当に、なにかがあったなんて。

憎い、という感情ではない。

ただ、桃が、哀れに見えた。

なんでかはわからない。

これ以上は愛せない、そう思ってしまった。

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