初めてのキスは、夜景を見ながらだった。

理性が保てなくなった僕の頬を両手で包んで、桃は、笑顔だった。

「これ以上は」

うん、という声しかだせず、暗闇の中を照らしだしている幾つもの街の灯りを、ただ、見つめていることしかできなかった。

桃とデートを重ねるにつれて、桃の顔はどんどん綺麗になっていった。服装も、僕の好みに合わせて、だんだんとお嬢様系統に変化していき、緊張気味な声も、明るく陽気なものになっていった。

ただ一つ、気がかりだったのは、身体の関係になることを、拒むことだった。

人間の欲望というものは、果てしなく、勿論、僕も男という生物以上、女性というものを求めてしまう。それなのに、その反応を拒まれるということは、何かまだ欠陥があるのか、と、自信もなくなっていく。

桃の顔を見ることが、辛いと感じる日々を重ねながら、桃との付き合いも一年を過ぎた。

結婚、という文字が頭に浮かぶようになったが、桃が自分を好きだという確証がもてず、不安感だけが残った。

仕事終わりのデートも、自分発信だったし、桃はついてきてくれる以外、反応を示さなかった。

八月二十五日、桃の誕生日、僕は自分の部屋でバースデーパーティを開いた。

桃の好きなイチゴのショートケーキに名前をかいてもらい、白ワインを開けた。

「桃、お誕生日おめでとう」

「ありがとう」

ワイングラスを合わせ、桃の顔を見る。

桃は嬉しそうに、イチゴのショートケーキに目を輝かせていた。

三十一歳とは見えない、少女の面影が漂っている。

「桃、愛してるよ」

「私も」

桃が、嬉しそうに俯いた。

桃の目から、大粒の涙が流れたのは、開始一時間後のことだった。

二人で洋画を見ながらソファでくつろいでいると、桃は、突然、大声で泣き始めた。

何が起きたのかわからず、おろおろしている僕を尻目に、桃はソファから腰をあげて、洗面所へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る